はやりの病気

第239回(2023年7月) 「GLP-1ダイエット」は早くも第3世代に突入?!

 相変わらず質問・相談の絶えない「GLP-1ダイエット」(正確には「GLP-1受容体作動薬によるダイエット」となると思いますが、ここでは簡略化された「GLP-1ダイエット」で通します)。少し前までは、初の内服である「リベルサス」に関する質問が多かったのですが、最近はその先を行く"第2世代"、さらには"第3世代"とも呼べる新しい製品に関心が集まってきています。

 といっても第2世代の「マンジャロ」は、日本ではつい最近、(抗肥満薬ではなく)糖尿病の薬として発売されたばかりですし、第3世代の「Retatrutide」は、本稿執筆時点の2023年7月の時点で発売されている国は世界中のどこにもありません。我々医療者でも入手したばかりの情報を一般の人が仕入れて、さらに的確な質問をされることに驚かされます。今回はこれらの特徴をまとめて、今後日本で普及するかどうか、さらに問題点もまとめてみたいと思います。

 まずはGLP-1ダイエットの歴史を振り替えてみましょう。

2010年6月 注射薬(1日1回注射)のリラグルチド(商品名「ビクトーザ」)が糖尿病に対して保険処方開始。その頃より、美容系クリニックがダイエット目的にリラグルチド(商品名「サクセンダ」)を輸入し販売開始。徐々に売上を伸ばす

2020年6月 注射薬(週に1回注射)のセマグルチド(商品名「オゼンピック」)が糖尿病に対して保険処方開始。ほぼ同時に、美容系クリニックがダイエット目的として販売開始。1日1回注射のサクセンダに代わりシェアを伸ばす

2021年2月 セマグルチドの内服薬「リベルサス」が糖尿病に対して保険処方開始。ほぼ同時に、美容系クリニックがダイエット目的として販売開始。注射型のオゼンピックに代わりシェアを伸ばす

2023年3月 セマグルチドが「ウゴービ」という名称でダイエット目的で保険薬として承認される。しかし2023年7月20日時点で「薬価収載」されておらず、処方できない状態が続いている

2023年4月 第2世代のGLP-1ダイエット薬(週に1回注射)とも呼べるチルゼパチド(商品名「マンジャロ」)が糖尿病に対して保険診療開始。

2023年6月 米国イーライリリー社が第3世代のGLP-1ダイエット薬とも呼べる「Retatrutide」について、米国サンディエゴで開催された米国糖尿病協会(ADA)で報告した

 ここで、なぜGLP-1ダイエット薬を第2世代、第3世代と区別すべきかについて説明しておきます。実は、第2世代、第3世代という表現は正式なものではなく、私が勝手に命名しているにすぎません。しかし、患者さん(閉院・移転の関係で7月以降はメール対応のみ)に説明する上で、このような言い方をすると伝えやすいのです。

 第1世代のGLP-1ダイエット薬は、有効成分が「GLP-1受容体作動薬のみ」です。ビクトーザもサクセンダもオゼンピックもリベルサスもこれに該当します。

 第2世代は「GLP-1受容体作動薬+GIP受容体作動薬」です。「GIP」
(Gastric inhibitory polypeptide)という言葉には聞き馴染みがないかもしれませんが、GLP-1受容体作動薬と同じように、血糖値を下げて肥満を解消する効果があると考えて差支えありません。

 第3世代は「GLP-1受容体作動薬+GIP受容体作動薬+グルカゴン受容体作動薬」です。上述したようにGIPという用語はほとんどの人にとって馴染みがない言葉だと思いますが、グルカゴンは高校の生物に出てきますから聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。生物を選択していた人なら「インスリンの反対の作用」と覚えていると思います。

 となると、疑問が出てきます。インスリンは血糖値を下げる働きがあるから、それが分泌されなくなったり効きが悪くなったりすれば治療としてインスリンを注射します。そしてこれが従来からおこなわれてきた糖尿病の治療法です。ならばインスリンと反対の方向のグルカゴンを作用させれば血糖値が上がってしまい、糖尿病を悪化させ、さらには肥満を増強しそうな感じがします。私自身も少し前まではそう思っていました。

 ですが、実態はどうもそうではなく、グルカゴンはかなり複雑な働きをするようなのです。細かいメカニズムは解明しきれていないようなのですが、臨床試験の結果として、グルカゴン受容体を作用させれば、糖尿病の治療、さらにはダイエットにもつながることが分かってきたのです。ただし、この薬は現時点では学会で有効性が報告された段階であり、商品として市場に登場、さらに日本市場に現れるのはまだまだ先の話です。処方が開始されるにしても先に糖尿病薬としてであり、ダイエット目的の処方は見通しすらついていません。

 ところで、谷口医院ではこれまでGLP-1ダイエットを希望する人に対して一切の処方をしていません。しかし「どうしても痩せたい」という人を止めることはできず、美容クリニックで(あるいは一般の内科系クリニックで)処方を受けている(というより購入している)人もいます。驚くべきことに、まったく肥満がないような若い女性にまで、しかも美容クリニックのみならず、一般の内科系クリニックやさらには糖尿病専門医までもがGL-1ダイエット薬を処方しているのが現状です。

 では、GLP-1ダイエットに危険性はないのかと言えば「おおいにある」が答えです。まず、肥満がない人はこのような薬を使うべきではありません(と言ってもダイエットに取りつかれた人は何としてでも入手するのですが)。

 次にある程度の肥満があった場合も副作用についてきちんと理解しておく必要があります。そもそもGLP-1ダイエットでやせるのは当たり前です。なぜなら食欲が激減するからです。実際、「食べる楽しみを失ったから(GLP-1ダイエットを)やめました」という人は後を絶ちません。

 「GLP-1ダイエットのせいで食欲がなくなったから注射を(内服を)中止します」、にはそれほど大きな問題はありません。ですが、「GLP-1ダイエットのせいで命を失(いそうにな)った」は絶対に避けなければなりません。そして、実際、そのような報告が増えています。

 EMA(European Medicines Agency、欧州医薬品庁)の安全委員会は、現在GLP-1受容体作動薬が原因の自殺念慮と自傷行為について検討しています。アイスランドではこれまでにGLP-1受容体作動薬が原因と思われる自殺念慮や自傷行為が約150件寄せられています。現時点では欧州の他国の状況や、EMAが今後どのような決定をするかについての情報はありませんが、注意深く経過をみていく必要があります。

 翻って現在の日本。過去にも述べたように(下記コラム参照)、日本医師会の今村副会長が「(肥満に対しGLP-1ダイエット薬を処方するのは)医の倫理に反する」とまで記者会見で述べたのにもかかわらず、全国の美容外科医、一部の内科医、さらには一部の糖尿病専門医は肥満者のみならず、肥満がない人(特に若い女性)に処方しています。谷口医院が知る限り、「処方医から自殺念慮や自傷行為のリスクがあると聞いた」と答えた人はゼロです。

 誤解のないように言っておくと、谷口医院はGLP-1ダイエットに反対しているわけではありません。むしろ、「ウゴービが保険適用になれば開始しましょうね」と話している患者さんも次第に増えてきています。

 ですが、肥満のない人に対する処方は(つまり保険適用外の処方は)谷口医院ではおこなう予定はありません。そのような人たちに対してはこれまで通りオーソドックスなダイエット方法を伝えていきます。これで、けっこうな人たちが理想体重にもっていって健康を維持できているのです。


参考:
はやりの病気第223回(2022年3月)「GLP-1ダイエットが危険な理由」
はやりの病気第228回(2022年8月)「GLP-1ダイエットが危険な理由~その2~」