はやりの病気

第106回 のどの痛み ~後編~ 2012/6/20

前回、前々回と感染症による「のどの痛み」について述べてきました。最終回の今回は感染症でない「のどの痛み」を中心にすすめていきたいと思います。

 しかし、その前に、稀ではありますが、重症化し、ときに致死的になる細菌性の咽頭痛について紹介しておきます。前々回には、単なる風邪と思って気軽に考えていると突然呼吸困難となって助からないこともある「急性喉頭蓋炎」について述べました。のどの奥の方が大きく腫れ上がり空気が通らなくなってしまう病態で、起炎菌としてはインフルエンザ桿菌(インフルエンザウイルスとはまったく異なるものです)が多いと言われています。

 もうひとつ、我々が注意している突然呼吸困難をきたす細菌性の感染症に「レミエール症候群」というものがあります。これは、咽頭痛の他、くびのどちらか(両側は稀)に痛みを伴います。通常、「くびの痛み」と聞けば我々はリンパ節の痛みをまず考えますが、レミエール症候群ではリンパ節ではなく、くびを縦に走っている静脈(内頸静脈)に炎症が起こります。のどに生じた炎症が内頸静脈にまで波及し、血管の中では血の塊ができます。この血の塊が血管内を移動し、肺の血管を詰まらせることもあり、こうなると突然呼吸困難をきたし、命にかかわる状態となることもあります。

 レミエール症候群を疑えば原則入院となります。エコーやCTなどで静脈炎を確認し、抗生物質を投与します。血の塊ができていて血が固まりやすい状態になっているわけですから、血を固まりにくくサラサラにする薬(抗凝固薬)の投与を検討することもあります。通常1ヶ月程度は入院してもらうこととなります。起炎菌は、嫌気性菌と呼ばれる細菌であることが多く、よくある細菌性咽頭炎に用いる抗生物質が効かないことが多いと言えます。

 さて、ここからは非感染性の「のどの痛み」について進めていきたいと思います。

 まずは亜急性甲状腺炎です。この疾患はよくあるものではなく、私の場合、遭遇するのはだいたい年に1例くらいです。発熱と咽頭痛を訴えて受診されますが、動悸があって甲状腺に圧痛を伴う硬いものを触れれば強く疑います。ただし、実際には、甲状腺に圧痛を伴う硬いもの、は、それほど簡単に見つけられるわけではありません。しかし痛みが反対側に移動することがあり、患者さんから「最初は右が痛くて今は左が・・・」といったヒントをもらえることもあります。血液検査で甲状腺機能の亢進があればこの時点で診断確定です。

 治療はステロイドを用います。最初の時点では診断がつかずに、前医で抗生物質が処方されていることもあります。(「発熱+咽頭痛」で、抗生物質を簡単に使うべきでない、というよい例のひとつです) 若い女性に多いために入院をしてもらうことはあまりありませんが、完治にいたるまでには最低でも2ヶ月くらいはかかります。

 ところで、甲状腺疾患というのは、毎日のように新患の患者さんがやってくる、というわけではありませんが、甲状腺機能亢進症や低下症は決して稀ではありません。その甲状腺機能亢進症でよく使う薬(メルカゾールなど)の副作用で「無顆粒球症」といって、白血球がつくられなくなる状態になることがあります。すると、正常な免疫機能が保てなくなり、ちょっとした病原体にやられてしまいます。この場合は、直ちに薬を中止し、入院して免疫を活性化させる薬剤(γーCSF)を投与します。のどが痛くなるのは病原体のせいですが、甲状腺の薬を飲んでいなければ起こらないものですから、この咽頭炎は「感染性」というよりも「薬剤性」と考えるべきです。

 甲状腺の薬(抗甲状腺薬)以外に無顆粒球症を起こす薬剤としては、精神疾患やてんかんに使う薬が多いのですが、不整脈の薬、抗生物質、痛み止め(市販のものも含めて)、胃薬(市販のものでもおこります)などもあり、実際にはありとあらゆる領域での薬剤が原因となりえます。我々が「今飲んでいる薬はありますか。あって今わからないなら調べてください」としつこく尋ねるのはこういったこともあるからなのです。

 私は過去に「風邪だけみてくれたらええんや、何で他の薬まで言わなあかんねん!」とある患者さんに言われたことがありますが、常用薬をしつこく尋ねる理由のひとつが「薬剤性の咽頭炎」の可能性を考えているからです。また、何か薬を処方するときには、今飲んでいる薬との飲み合わせ(相互作用)を考えなければなりませんから、そういう意味でも、今飲んでいる(もしくはしばらく前まで飲んでいた)薬の情報は絶対に必要なものなのです。(ですから、医療機関はなるべく変更せずに、どんな疾患でも相談できる「かかりつけ医」を持っておくべきなのです)

 さて、ここからは頻度はぐっと下がりますが、見逃してはならない「のどの痛み」について紹介していきます。まず、絶対に見逃してはならない(とは言え、実際にはのどの痛みから診断がつくことはさほど多くはないのですが・・・)のは、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患です。虚血性心疾患の症状としては、突然の胸痛、というのが有名ですが、実際にはいろんな訴えがあります。例えば、息苦しい、胸やけがする、肩が痛い、肩こりがひどい、腕がしびれる、などですが、「のどが痛い」というのも稀にあります。さすがに「のどが痛い」だけで心電図をとって狭心症の診断確定、とスムーズにことが運ぶわけではありません。たいがいは、風邪などの咽頭痛とは少し違う、と感じた時点でいろいろと質問をしたり血圧を図ったりして、疑えば心電図をとり(最近は、血液検査で迅速にわかるものも普及してきています)、診断をつけます。

 虚血性心疾患以外の重要な疾患に悪性腫瘍があります。高齢者の場合は咽頭癌や喉頭癌というものがありますし、若い人でも白血病や悪性リンパ腫があればのどの痛みが生じることがあります。白血病や悪性リンパ腫では白血球がつくられなくなり、このため容易に感染症を起こしてしまうからです。(先に述べた無顆粒球症と似たような状態です)

 神経痛でものどの痛みが起こることがあります。具体的には、舌咽神経痛、三叉神経痛、上喉頭神経痛などで、これらが痛む理由は様々です。最も多いのが「特発性」と言って原因がよくわからないものなのですが、なかには原因がはっきりしていて二次的に起こっているものもあり、この場合は原疾患への治療が必要となります。ヘルペスウイルスが関与していたり、神経鞘と呼ばれる神経を覆う鞘(さや)に腫瘍ができていたり、また多発性硬化症という脳の疾患が原因になっていることもあります。

 太融寺町谷口医院も含めて、総合診療やプライマリケアの現場では、のどの痛みの原因が「心因性」ということもよくあります。不定愁訴(下記コラムも参照ください)のひとつとしてのどの痛みが生じることもありますし、なかにはガンやHIVに罹患しているに違いないと思い込んで、その不安から咽頭痛を訴える人もいます。(しかし、そのなかで実際にHIVや悪性腫瘍がみつかることがあるのも事実です)

 さて、これまで3回にわたり「のどの痛み」について述べてきました。一言で「のどの痛み」といっても実に様々な原因があることがお分りいただけたでしょうか。「のどが痛いから抗生物質をください」というのが適切でないことも、短期間で命を落としかねないのどの痛みがあるということも、生涯にわたり苦しめられる疾患の最初の症状がのどの痛みであるということもお分りいただけたのではないか、と思います。

 最後に「のどの痛み」についてまとめておきたいと思います。


   ・ のどの痛みには、感染性と非感染性がある。

    ・感染性のものには、ウイルス性、細菌性、真菌性があり、頻度は、ウイルス性が大半で細菌性は全体からみればさほど多くない。真菌性はわずか。

   ・ 抗生物質は細菌性には有用なことが多いが、ウイルス性のものには意味がない。

   ・細菌性かウイルス性かの鑑別におこなう血液検査は結果がでるまでに時間がかかる。顕微鏡検査(グラム染色)は、早くて安くて大変有用。

   ・ 細菌性咽頭炎には、インフルエンザ桿菌、肺炎球菌、溶連菌などの「通常の細菌」と、百日咳、マイコプラズマ、クラミジア(ニューモニエ)などの「非定型」のものがあり、使用すべき抗生物質が異なる。

    ・ウイルス性のものは軽症ですむことが多いが、インフルエンザウイルスは早期発見・早期治療が必要となることも多い。

  ・ 頻度は多くないが、ウイルス性ののどの痛みに、EBウイルス、HIV、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、などもある。

    ・カンジダによるのどの痛みもある。ステロイド使用時でなければ、基礎疾患(膠原病やHIVなど)が潜んでいることもある。

    ・重症化する細菌性ののどの痛みとして、急性喉頭蓋炎とレミエール症候群が重要。

    ・非感染性のものとしては、亜急性甲状腺炎、薬剤性、虚血性心疾患、悪性腫瘍、神経痛などがある。また心因性のものも少なくない。


参考:はやりの病気
第91回(2011年3月) 「不定愁訴という病」
第82回(2010年6月) 「熱のない長引く咳は百日咳かも・・・」
第76回(2009年12月) 「インフルエンザ菌とそのワクチン」
第74回(2009年10月) 「混乱する新型インフルエンザ」