メディカルエッセイ

第155回(2015年12月) 不正請求をなくす3つの方法

 2015年11月6日、警視庁は診療報酬(療養費)の不正請求をおこなった詐欺容疑として、暴力団組長や柔道整復師ら16人を逮捕し、マスコミで大きく報じられました。これがどのような詐欺なのかというと、まず普通の接骨院を装い患者を集めます。「患者」といっても本当の患者ではなく、肩や腰をもんでもらいたい人たちが保険証を提示し無料でマッサージを受けて、その上お金までもらっていたそうです。

 つまり「患者」を装った「アルバイト」なのです。マッサージをしてもらってお小遣いまでもらえるわけですから罪の意識がなければいくらでも「アルバイト」は集まるでしょう。報道によりますと、芸人ら数百人が加担し、さらに(私は聞いたことがない名前でしたが)有名なタレント女医までこの事件に絡んでいたとされています。

 この事件を受けてマスコミやジャーナリストが事件を解説するような記事を書いています。よくあるのが、接骨院だけでなく医師・歯科医師も含めて「不正請求が横行している」と強調しているものです。

 今回は不正請求をなくすための3つの方法を述べたいと思います。私はこの3つの方法を実践することで、柔道整復師のことはよく分かりませんが、少なくとも医療での不正請求の大部分がなくなると思っています。後で詳しく述べるように3つのうち1つはすぐには実現困難ですが、あとの2つはやろうと思えばすぐにでもできることであり、そのうち1つはこれを読んでいるあなたにもやってもらいたいことです。

 不正請求をなくす方法について詳しくは後で述べるとして、先に「不正請求」の誤解を解いておきたいと思います。よくマスコミが言うのは、「厚生労働省が医療機関に返還を求めた診療報酬が〇〇億円」というもので、たとえば2013年度で言えばその額は約146億円になります。マスコミはこの額を不正請求と言うわけですが、これは事実ではなくトリックがあります。

 医療機関に返還を求めた診療報酬の大半は「医療機関は必要と判断して実施した検査や投薬が、支払い側に認められなかったもの」です。ですからこのようなことはどこの医療機関でもあるのです。太融寺町谷口医院での例をあげると、体重が多い人であれば薬がたくさん必要ですから多めに処方するとこれが認められなかったり、呼吸困難を訴える患者さんに酸素飽和度を測定するとなぜか認められなかったり、B型肝炎ウイルスに感染している患者さんの血中ウイルス量を測定すると却下されたり・・・、と理由に納得できない「返還」がたくさんあるのです。これは私だけでなくほとんどの医師が感じていることです。

 では、医療機関で悪意のある診療報酬不正請求はまったくないのかというと残念なことにゼロではありません。実際2010年に逮捕された奈良県大和郡山市のY病院では悪質な不正請求が横行しており、報道によれば約860万円もの大金を詐取していたそうです。一部のマスコミはこの事件を「氷山の一角」としていますが、私自身は、これはやはり稀なケースであると信じています。しかし、同じような医療機関が今後出てこないとも限りません。

 ここからは不正を防ぐ3つの方法を紹介したいと思います。

 ひとつめは、医療者は営利を求めてはいけないことを国民全体に周知してもらうことです。これは我々からみれば当たり前なのですが、これを当たり前だと思っていない人が非常に多いのです。「そんなの当たり前じゃないか!」と思う人も、心のどこかで「医師=金持ち」のような印象があるのではないでしょうか。

 以前にも述べたことがありますが(注1)、日本医師会が作成した「医師の倫理要綱」第6条に「医師は医業にあたって営利を目的としない」という文章があります。我々医師はこの倫理要綱には逆らえませんから、まともな医師であれば「営利」のことは考えません。

 しかし世間に「医師=金持ち」のイメージがあれば医師を目指す若者が誤解してしまうかもしれません。そこで私が提案したいのは、将来の進路を決めるときや、医学部受験のとき、医学部入学式のとき、医師国家試験を受ける時、研修医として病院に採用されるとき、医師会に入会するとき、などの節目ごとに、この「医師は医業にあたって営利を目的としない」という文言を宣誓してもらう、あるいは署名してもらうようにすればいいと思うのです。

 もしも、医学に興味があって医学部に入学したけれど、大学生活を通してお金に興味が出てきた、将来は金儲けがしたい、と思い直す学生が出てくればその時点で医学部を退学すればいいのです。

 不正を防ぐ2つめの方法は、「医師の収入の上限を設ける」というものです。過去にも述べたことがありますが(注2)、私はこれが国民の誤解を解くのに最も手っ取り早い方法だと考えています。上限があれば「金儲けしたい」と考える輩は初めから医師になることを考えなくなります。先に述べた奈良県のY病院の院長は、当時の週刊誌の報道によれば「豪奢な自宅の敷地内にハーレーダビッドソンやBMWといった高級大型バイク、新型のフェアレディZやGT-Rなど高級国産車が常時止められていた」そうです。収入の上限があれば、こんな趣味がある人は初めから医師など考えないはずです。

 不正を防ぐ3つめの方法は、誤解を恐れずに言えば「患者さんは医師に感謝する」ということです。もちろん感謝したくてもできない場合もあるでしょうし、感謝どころか「こんな病院二度と受診したくない!」と思うような経験のある人もいるでしょう。もちろんそんな場合は、そのような病院に金輪際行かなければいいわけですし、場合によっては訴訟を考えてもいいでしょう。

 しかし、病気やケガを治療してもらって心底感謝しているという患者さんや、医師の言葉に救われたという経験のある人も少なくないでしょう。そんなときは医師に感謝の言葉をかけることを勧めたいと思います。長時間勤務でどれだけ疲れていても、患者さんからの感謝の言葉で医師は頑張れるのです。ここで誤解のないように言っておくと「感謝」というのは「お金」や「物」であってはいけません。特にお金はその場で固辞するのに大変なエネルギーを使いますし、その場でどうしても断れずに受け取ってしまうとそれを送り返すのに多大な労力を強いられます。以前述べたように(注3)、感謝の気持ちは「言葉」が一番嬉しいのです。

 不正請求の議論になったときに必ず出てくる言葉が「性善説」です。性善説に頼っていると不正は防げない、というような意見です。私は「性善説」という言葉で議論することが不毛だと思っています。そもそも人間には「生まれたときから完全な善人」などおらず、同じように完全な悪人もいません。すべての人がいいところもあれば悪いところもあるのです。ある状況で「善い」行動をとるか「悪い」行動をとるか、それが決まる最も大きな要因はその人の「期待のされ方」です。

 以前述べたように(注4)医師の大半は人格者です。(私自身は高い人格を持っているわけではありませんが、それでも過去の自分に比べると「人格者的」ではあると思います) なぜ医師が人格者になれるのかというと、ひとつは「ヒポクラテスの誓い」、先にも述べた日本医師会の「医師の倫理要綱」、以前紹介したフーフェランドの『扶氏医戒之略』(注5)といったわかりやすいミッション・ステイトメントがあること、そしてもうひとつは患者さんから受け取る「感謝の言葉」です。

「感謝の言葉」を聞けば聞くほど、医師は期待されていることを自覚し高い人格を維持しようとします。このような状態で「不正請求」などというものは考えることさえできないものなのです。ですから、我々医師が、報道などで「不正請求」という文字を目にしたときに最初に思うことは「誤報に違いない」というものです。(残念ながら、誤報でない、という場合もありますが‥)

 以上述べてきた不正請求をなくす3つの方法をまとめてみると、まず①医師を目指す者に「医師=金持ち」という幻想を捨ててもらい、②実際に収入の上限を設け、③医師は日頃から高い人格を目指すと同時に患者さんが医師に感謝の気持ちを感じたときはその気持ちを言葉に表す(もちろん感じなければ不要です)、となります。これで、不正請求は消失するはず、というのが私の考えです。



注1:下記コラムで詳しく述べています。

メディカルエッセイ第134回(2014年3月)「医師に人格者が多い理由」

注2:下記2つのコラムで述べています。

メディカルエッセイ第106回(2011年11月)「「開業医は儲かる」のカラクリ」
メディカルエッセイ第131回(2013年12月)「不可解な公表された医師の収入」

注3:下記を参照ください

メディカルエッセイ第31回(2006年1月)「正しい医師への謝礼の仕方、教えます!」

注4、注5:上記注1で紹介したコラムで述べています。