はやりの病気

第151回(2016年3月) 認知症のリスクになると言われる3種の薬

 この薬を飲めば認知症のリスクが上がるかもしれませんよ・・・

 このように言われれば誰もが飲むのをためらうことでしょう。しかし実際には、医療機関で非常にたくさん処方されている薬や、一部は薬局で簡単に買える薬のなかにも、認知症の危険性が指摘されているものがあります。今回は渦中の3種の薬について述べたいと思います。

 まず1つめです。以前から何度も認知症のリスクを上げるのではないかと言われてきたのが「ベンゾジアゼピン」です。「マイナートランキライザー」と呼ばれることもあります。ベンゾジアゼピンは、薬局で買うことはできず、睡眠薬、抗不安薬、抗けいれん薬などとして医療機関で処方されます。精神科医のみに処方されるわけではなく、実際はどの科の医師も処方しています。日本でよく使われるものを商品名(先発品)で挙げると、デパス、リーゼ、ワイパックス、ソラナックス、メイラックス、レンドルミン、エリミン、ベンザリン、サイレース、ロヒプノールなどです。

 なぜ簡単に処方されるのかというと、ひとつには即効性があり、飲めばすぐに効果を実感できるのが最大の理由でしょう。費用も安く、「主観的にイヤな副作用」はあまりありません。つまり、嘔気とか下痢とか蕁麻疹(薬疹)とかいった、いかにも不快な副作用は起こりにくく、患者さんからすればとても便利な薬なのです。

 しかし欠点もあります。最も問題となるのは「依存性」です。飲めばすぐに効くものの、効果が切れれば再び不安・イライラ、不眠などが生じるわけですから、すぐに追加で飲みたくなります。こうして「飲まないと落ち着かない」状態になってしまい薬を手放せなくなります。つまり「薬物依存症」となってしまうのです。(睡眠薬としてのベンゾジアゼピンがいかに危険であるかについては過去のコラムでも指摘しています(注1))

 依存性以外の欠点(副作用)として、ベンゾジアゼピンは筋弛緩作用が強いためにふらつきや転倒のリスクがあることが挙げられます。このため高齢者には原則使ってはいけないことになっており、ガイドラインにもそう書かれています。しかし、実際には多用されているのが現実であり、日本の医師は高齢者にベンゾジアゼピンを使いすぎることがよく指摘されます。転倒で受診された患者さんを診察するとき、証明はできないものの、「その転倒はベンゾジアゼピンを飲んでなければ防げたのではないか」と感じることもあります。

 高齢者の場合は、若年者に比べると薬が効きすぎるという問題もあります。ですから翌日も薬の効果が残っていて、ぼーっとして意味不明なことを言うことがあります。「最近調子がおかしい。認知症でしょうか・・」と言って受診される患者さんのベンゾジアゼピンを減らせば再び元気になった、ということはしばしばあります。つまり、認知症ではなくベンゾジアゼピンが効き過ぎていたために意味不明な言動が起こっていた、ということです。

 医学誌『British Medical Journal』2016年2月2日号(オンライン版)に、「ベンゾジアゼピンは認知症のリスクを上げない」とする研究結果が発表されました(注2)。これまでは認知症のリスクになるとされていた見解を覆す研究ですから、これは注目すべきものです。研究の対象者は合計3,434人、平均追跡期間は7.3年ですから比較的大規模な研究で、信ぴょう性は高いと言えます。

 そして、この研究が興味深いのは「ベンゾジアゼピンを少量使用した人の認知症のリスクは少し上昇し、たくさん使った人にはリスクは認められなかった」としていることです。結論として「ベンゾジアゼピンの使用は認知症のリスクを上げない」とされています。

 なぜ、少量の使用で少しリスクが上がったのでしょうか。これはおそらく認知症の初期に出現する不安やイライラ、不眠といった症状にベンゾジアゼピンが使用されたからではないかと推測できます。また、認知症初期の不安定な時期には副作用のリスクを考慮して少量しか用いられていない可能性があります。そして、認知症初期には、まだ認知症の診断がついていないことが予想されます。つまり、少量のベンゾジアゼピンが認知症のリスクを上げたのではなく、認知症の初期段階ではまだ診断がついておらずこのときに少量のベンゾジアゼピンが使われている、ということです。

 この研究によって、認知症のリスクという「汚名」を着せられていたベンゾジアゼピンの名誉が回復したといっていいかもしれません(注3)。しかし、先に述べたようにベンゾジアゼピンにはやっかいな依存性という問題があり、高齢者の場合はふらつき、転倒のリスク、さらに翌日にも薬の作用が残るという欠点もあります。ガイドラインどおり高齢者にはできるだけ使わないという方針は守るべきですし、依存性を考えれば若年者も決して簡単に使用してはいけません。

 ベンゾジアゼピンについては疑いが晴れたわけですが、その逆に、突然認知症のリスクが指摘され、現在世界的に混乱を招いている薬があります。それは「プロトン・ポンプ・インヒビター(以下PPI)」と呼ばれる胃薬です。日本で名の通った製品名(先発品)は、オメプラゾン、タケプロン、パリエット、ネキシウム、タケキャブなどです。胃潰瘍や十二指腸潰瘍のみならず逆流性食道炎にもよく効く薬で、保険適用のルールが厳しい割には比較的よく処方されている薬です。またヘリコバクター・ピロリ菌の除菌にも用いられます。

 医学誌『JAMA Neurology』2016年2月15日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、高齢者がPPIを使用すると、使用しなかった場合に比べて認知症のリスクが44%も上昇します。

 にわかには信じがたいデータですが、これは対象者の多い大規模研究です。ドイツで2004年~2011年に治療を受けた75歳以上の合計218,493人が研究の対象です。ここから、PPIを定期的には使用していない症例や2004年の段階で死亡したり認知症を発症したりした症例などを除外し、最終的に73,679人が解析の対象となっています。このなかでPPI定期使用者が2,950人、非使用者は70,729人です。追跡期間中に認知症を発症したのが全体で29,510人です。分析すると、PPI定期使用者の認知症のリスクは使用していない人に比べて44%上昇していることが分かりました。

 これはドイツの研究ですが、この結果を軽視できないと考えた「米国消化器学会(American Gastroenterological Association)」は、論文発表3日後の2016年2月18日、「How to Talk with Your Patients About PPIs and Dementia(PPIと認知症の関係について患者さんにどのように話すべきか)」というタイトルで、医師に対する注意勧告をおこないました(注5)。

 これは高齢者が長期間PPIを服用したときの研究であり、短期間の使用や若年者の使用は考慮されていません。ですから、たとえばピロリ菌の除菌が必要な若年者がこの研究を受けて治療を中止するというようなことは避けるべきです。しかし、ドイツのみならず日本も含めて世界各国でPPIの不適切使用は少なくないのではないか、とも言われており、漠然と長期間内服している人は見直してみるべきかもしれません。

 PPIのこの報告は世界中で話題になりましたが、実は以前からほぼ確実に認知症のリスクになるのではないかと言われている薬があります。それは「抗コリン薬」または「抗コリン作用の強い薬」です。

 医学誌『JAMA Internal Medicine』2015年3月号(オンライン版)(注6)に掲載された論文によりますと、抗コリン作用を有する薬を高齢者が使えば使うほど認知症のリスクが上昇し、高用量使用者では非使用者に比べて54%もリスクが上昇するとされています。この研究の対象者は65歳以上の米国人合計3,434人です。

 54%ものリスク上昇。しかも「抗コリン作用を有する薬」というのは、ベンゾジアゼピンやPPIのように医師が処方するものではなく、薬局で気軽に買えるものです。古いタイプの花粉症の薬やじんましんの薬、胃痛・腹痛で比較的よく使われる薬が代表です。睡眠改善薬として薬局で売られているものも該当します。

 もちろん今回紹介した薬のいずれもが、必要なときは使うべきであり、自己判断で中止してはいけません(注7)。「薬の使用はいつも最少量」という原則を守っていればそう心配する必要はないのです。しかし、自己判断で漠然と長期で使うのは危険であることは肝に銘じるべきでしょう。


注1:下記を参照ください。

はやりの病気第148回(2015年12月)「不眠治療の歴史が変わるか」
はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」

注2:この論文のタイトルは「Benzodiazepine use and risk of incident dementia or cognitive decline: prospective population based study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/352/bmj.i90

注3:ただし、ベンゾジアゼピンの認知症のリスクが完全に否定されたわけではありません。危険性を警告した最も有名な論文のひとつが医学誌『British Medical Journal』2014年9月9日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Benzodiazepine use and risk of Alzheimer's disease: case-control study」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/349/bmj.g5205

注4:この論文のタイトルは「Association of Proton Pump Inhibitors With Risk of Dementia」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2487379

注5:下記URLを参照ください。

http://www.gastro.org/news_items/2016/02/18/how-to-talk-with-your-patients-about-ppis-and-dementia

注6:この論文のタイトルは「Cumulative Use of Strong Anticholinergics and Incident Dementia」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2091745

注7:本文で紹介したもの以外に認知症のリスクを挙げるとされているものに、前立腺がんに対するアンドロゲン遮断療法があります。これについては下記コラムを参照ください。

メディカルエッセイ第158回(2016年3月)「「がん検診」の是非」