医療ニュース

2016年5月13日 「味の素」で大腸がんの予防

 先月の「はやりの病気」で、AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)が発表した「大腸がんの半数を減らすことのできる6つの習慣」を紹介しました(注1)。その6つをざっと振り返ると、①太らない、②運動する、③食物繊維を摂る、④加工肉NG、⑤アルコール控える、⑥ニンニクたっぷり、です。

 今回お伝えしたいのは、「グルタミン酸が大腸がんの予防になる」とする研究で、医学誌『Cancer』2016年3月15日号(オンライン版)に掲載されています(注2)。

 この研究の対象者は「ロッテルダム・スタディ」と呼ばれる疫学調査に参加した55歳以上のオランダ人5,362人で、調査開始は1990年です。調査期間中242人が大腸がんを発症しています。分析の結果、調査開始時のグルタミン酸摂取量と大腸がんの発症には相関関係があることがわかりました。つまり、グルタミン酸を多く摂っていれば、大腸がんのリスクが減らせるというわけです。

 総蛋白摂取量に占めるグルタミン酸の割合が1%増加すれば相対リスクが0.78に、つまり発症のリスクを22%下げることができるとされています。さらに、この傾向は体重によって異なるようです。BMIが25以下、つまり適正体重であれば相対リスクが0.58で、これは42%もリスクが減るということを意味します。

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 太っていればグルタミン酸の効果が減るというのは、AICRの「6つの習慣」のひとつでもある、上記①太らない、と関係があるのかもしれません。つまり太っていることによるリスクがグルタミン酸の効果を差し引くということです。

 適正体重であればグルタミン酸摂取で大腸がんの相対リスクが0.58になるというのは、センセーショナルな結果であり、世界中で取り上げられてもいいと思うのですが、今ひとつ話題になっていません。私の分析では、この理由は以下の3つです。

(1)オランダという比較的小さな国での研究である。(これが米・英、あるいは日本ならもっと大きく取り上げられたかもしれません)

(2)「総蛋白摂取量に占めるグルタミン酸の割合」というものがそんなに簡単に計測できるのか、という疑問がある。(私自身も、この計測の正確さに疑問を持っています)

(3)グルタミン酸の有害性を指摘する声もある

 ところで、我々日本人が「グルタミン酸」と聞いてまず思い出すのが「味の素」です。というより、この論文を読めばほとんどの日本人が「じゃあ、味の素をしっかり摂ればいいのだろうか」と思うでしょう。
 
 私は個人的には「味の素は健康に寄与できる」ということがもっと強調されてもいいと感じているのですが、味の素株式会社はその点で消極的なようです。少なくとも味の素を効果的に使うことによって、塩分摂取を大幅に減らすことが可能です。さらに大腸がんの予防効果があるとなると、PRしないのはもったいないという気がするのですが・・・。

 私の推測ですが、上記(3)、つまり、グルタミン酸≒味の素の有害性を強調する声があるために、あまり味の素の良さが味の素株式会社からもアピールされないのではないかという気がしています。どのようなものも摂取しすぎるのは良くありませんが、私の経験上、少なくともタイ、マレーシア、インドネシアといった東南アジアの人たちに比べると日本人の味の素の摂取量がかなり少ないのは間違いありません。以前タイのある地域で、ソムタム(タイのパパイヤサラダ)をつくっているのを見たとき、味の素をあまりにも大量に入れているのを見て驚いたことがあります(注3)。一皿に大さじ2~3杯は入れられていました。ちなみに、タイでも味の素は「アジノモト」と呼ばれています。

 グルタミン酸≒味の素の有害性については過去に指摘されたことがありますが、現在は少なくとも信憑性の高い否定的なデータはほとんどありません。もしも味の素が健康を害するものなら、日本より摂取量が多いと思われるタイを初めとする東南アジアで何らかの被害が生じると思うのですが、そういう話も聞きません。現在WHOはグルタミン酸の上限を設けておらず安全なものとしていますから、私自身はそれほど過敏になる必要はなく、美味しいと思える範囲でどんどん摂取すればいいと思っています。ただ、どのようなものも摂りすぎには注意する必要がありますが(注4)。


注1:下記を参照ください。
はやりの病気第152回(2016年4月)「大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン」

注2:この論文のタイトルは「Baseline dietary glutamic acid intake and the risk of colorectal cancer: The Rotterdam study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cncr.29862/abstract

注3:詳しくは下記を参照ください。
マンスリーレポート2013年8月号「この夏の暑さと塩と味の素」

注4:味の素も多量に摂りすぎると中毒症状を呈することがあります。「味の素中毒」(中華料理店症候群)については下記を参照ください。

http://www.j-poison-ic.or.jp/tebiki20121001.nsf/SchHyodai/F7432F91F76CE98F492567DE002B895F/$FILE/M70005_0101_2.pdf