はやりの病気

第164回(2017年4月) 本当に危険なベンゾジアゼピン依存症

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を開院して以来、多くの患者さんに対してずっと言い続けていることは「薬や検査は最小限に」というものです。以前どこかに書きましたが、「お金はらうのあたしですよね...」と言われ、「金払うって言ってるやろ!」と言葉を荒げられ、また泣き落としをされたとしても、医師は患者さんの害になるかもしれないことはできないのです。

 薬でいえば、谷口医院で特に慎重な処方をおこなっているのが、睡眠薬や抗不安薬として用いる「ベンゾジアゼピン」(注1)、抗菌薬、鎮痛薬の3種です。他の薬も、原則として最小限の処方としていますが、とりわけこの3種にはしつこいくらい危険性を訴えてきました。(鎮痛薬については過去のコラム「メディカルエッセイ第97回(2011年2月)鎮痛剤を上手に使う方法」を参照ください。抗菌薬については、現在もシリーズとして連載を続けている毎日新聞「医療プレミア」の「抗菌薬の過剰使用を考える」が参考になると思います)

 ベンゾジアゼピンについては、過去のコラム(注2)でデパス/エチゾラムの危険性を例を挙げて示し、さらに依存しやすい薬のランキングを紹介しました。また、マイスリー/ゾルピデムの危険性については、実際に記憶がないまま我が子を殺めた40代の主婦の事件や、高齢者のレイプ事件を紹介し、安易に手を出すべきでないことを述べました(注3)。

 我々医療者と患者さんの認識の"ズレ"を感じることはしばしばありますが、このベンゾジアゼピンに対する危険性の認識はそのズレが非常に大きいと言わざるを得ません。先日も次のような患者さんが来ました。

【症例】30代男性Aさん
 東京から出張中。怪我をして下肢が膿んできた、とのことで当院受診。投薬が必要ですから、今飲んでいる薬との飲み合わせを検討せねばなりません。

私:「今飲んでいる薬はありますか?」
Aさん:「一番弱い安全な睡眠薬を寝る前に2錠飲んでます。名前は忘れました」
私:「今飲んでいる薬が分からなければ、飲み合わせの関係から当院では一切の処方ができません。処方してもらっているクリニックに電話して聞いてください」
(5分後)
Aさん:「トリアゾラムを2錠です。弱い薬だから心配ないと聞いています。もう2年ほど毎日欠かさず飲んでいます」
私:「副作用のリスクとか依存性のことについてはどのように聞いていますか」
Aさん:「そんな話聞いたことありません。弱い薬、ということしか聞いていません...」

 医師のルールとして「安易に前医を批判してはいけない」というものがあります。前医が診察したときには、そうすべき理由があったと考えなければならないからです。ですが、2年間も依存性の強い薬を説明もなしに処方している医師がいるのであればこれは問題です。

 注2のコラムで紹介したように、実は"安易に"ベンゾジアゼピンを処方している医師は思いのほか多いようです。医学部の授業では、ベンゾジアゼピンについては副作用のみならず依存性についても学びますから、なんで??という疑問が拭えません。たしかにベンゾジアゼピンを使用すべきケースもあり、谷口医院でも処方することもあります。ですが、必ず危険性、副作用、依存性などについても理解してもらうことが処方の条件となります。

 医薬品の過剰摂取で入院した患者は日本全国で年間21,663人。うち63.1%でベンゾジアゼピンの使用。35~49歳では74%、75歳以上でも59.3%...。

 これは医学誌『Journal of Epidemiology』2017年2月24日号(オンライン版)に掲載された研究結果です(注4)。

 この研究は、2012年10月から2013年9月までの1年間に「急性中毒」で入院した21,663人の症例をレセプト(診療明細書)を用いて分析しています。日本では薬の過剰摂取による入院費用が年間77億円に上ると推計されています。原因となる薬剤は、米国ではオピオイド系鎮痛薬(麻薬に近いもの)が多いのに対し、日本ではベンゾジアゼピンが最多です。
 
 2017年3月、PMDA(医薬品医療機器総合機構)が「ベンゾジアゼピン受容体作動薬の依存性について」というタイトルの発表(注5)をおこないました。患者さん向けに、ベンゾジアゼピンの漠然とした使用がいかに危険かを分かりやすく、実例を挙げて示しています。

 厚労省もアクションを起こしました。2017年3月21日、「催眠鎮静薬、抗不安薬及び抗てんかん薬の「使用上の注意」改訂の周知について(依頼)」という通知(注6)をおこないました。これは医療者に対して、ベンゾジアゼピンの処方を最小限にするよう注意勧告したものです。
 
 ここで、なぜベンゾジアゼピンが危険なのかを振り返っておきましょう。まず「記憶障害」があります。注3のコラムでは悲惨な事件について触れましたが、そこまでいかなくても、食事や電話の記憶がなくなっている、ということはよくあります。次に「反跳性不眠」があります。これはベンゾジアゼピンを睡眠薬として使った場合、たしかに飲めば眠れますが、使い続けることにより不眠が悪化し、飲み始める前よりもかえって不眠の程度がひどくなることを言います。

 長期使用した場合「依存性」がでてきます。もはやベンゾジアゼピンがないとほとんど眠れない身体になってしまいます。さらに、認知症のリスクがあると言われています。これは「リスクがない」とする研究もあるのですが、大規模調査では「認知症のリスクあり」とされています(注7)。他にもたくさんの副作用があります。

 次に、ベンゾジアゼピンはなぜ簡単にやめられないかを説明します。一番の理由は「依存性があるから」で、タバコや覚醒剤が簡単にやめられないのと同じです。そして、ベンゾジアゼピンの場合、覚醒剤や麻薬などと同様のやっかいな点があります。それは、急にやめると「禁断症状」が出るということです。嘔気や頭痛程度なら軽症で、ひどい場合は、痙攣や意識障害が起こります。

 ですから、効果的にベンゾジアゼピンを中止するには、突然やめるのではなく、ゆっくりと量を減らしていかねばなりません。谷口医院では、中等度から重度のベンゾジアゼピン依存症の人に対しては半年から1年くらいかけてゆっくりと少しずつ減らしていくようにします。しかし、必ずしもうまくいきません。タバコならチャンピックスという禁煙補助薬があり、麻薬の場合は(日本で実施しているところはおそらくないと思いますが)「メサドン療法」といって麻薬の代替品を用いる方法があります。ベンゾジアゼピンの場合は、そのようなものがありませんから、ベンゾジアゼピンを弱いものや作用時間の異なるタイプのものに変更していきます。あるいは異なる作用機序の比較的安全な睡眠薬を併用します。

 タバコをやめるときは、禁煙補助薬で"自動的に"やめられるわけではなく、ある程度は「絶対やめるんだ!」という意思が必要です。それと同様、ベンゾジアゼピンの場合も、患者さん自身がまず危険性を充分に認識し、やめるという意思を持たねばならないのです。

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注1:ベンゾジアゼピンは、正確には「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」という名称です。これを省略して「ベンゾジアゼピン系」と呼ぶこともあります。BZと略すこともあります。英語はbenzodiazepineで、略すなら「BD」の方がいいような気がしますが、なぜかBZとなります。(ちなみに、英語をそのままカタカナにすると「ベンゾダイアゼピン」となります。私は日本人以外の医師が「ベンゾジアゼピン」と発音するのを聞いたことがありません) ここでは「ベンゾジアゼピン」で統一します。また、マイスリー/ゾルピデム、ゾピクロン/アモバン・ルネスタは「非ベンゾジアゼピン」と表記されることがありますが、実際の作用・副作用は同じですから、ここでは「ベンゾジアゼピン」に含めます。

注2:メディカルエッセイ第165回(2016年10月)「セルフ・メディケーションのすすめ~ベンゾジアゼピン系をやめる~」

注3:はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」

注4:この論文のタイトルは「Epidemiology of overdose episodes from the period prior to hospitalization for drug poisoning until discharge in Japan: An exploratory descriptive study using a nationwide claims database」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0917504017300254

注5:下記を参照ください。
https://www.pmda.go.jp/files/000217046.pdf

注6:下記を参照ください。
http://www.pmda.go.jp/files/000217230.pdf

下記は、このなかで取り上げられているベンゾジアゼピンです。

○一般名             ○先発品の商品名
アルプラゾラム         コンスタン、ソラナックス
ロフラゼプ酸エチル      メイラックス
エスゾピクロン         ルネスタ
エスタゾラム          ユーロジン
オキサゾラム          セレナール
クアゼパム           ドラール
クロキサゾラム        セパゾン
クロラゼプ酸二カリウム   メンドン
クロルジアゼポキシド    コントール、バランス、クロルジアゼポキシド
ジアゼパム          エリスパン、セルシン、ダイアップ、ホリゾン
ゾピクロン           アモバン、ルネスタ
ゾルピデム酒石酸塩    マイスリー
トリアゾラム         ハルシオン
ニトラゼパム         サイレース、ネルボン、ベンザリン、ロヒプノール
ニメタゼパム         エリミン
ハロキサゾラム        ソメリン
クロチアゼパム        リーゼ
フルジアゼパム        エリスパン
フルタゾラム         コレミナール
フルトプラゼパム       レスタス
フルニトラゼパム(経口剤)  サイレース、ロヒプノール
ブロマゼパム(経口剤)    セニラン、レキソタン
フルラゼパム塩酸塩     ダルメート
ブロチゾラム          レンドルミン
メキサゾラム         メレックス
メダゼパム          レスミット
リルマザホン塩酸塩水和物   リスミー
ロラゼパム          ワイパックス
ロルメタゼパム        エバミール、ロラメット
クロナゼパム         ランドセン、リボトリール
クロバザム          マイスタン
ジアゼパム(坐剤)      ダイアップ
ミダゾラム          ドルミカム、ミダフレッサ
エチゾラム             デパス

注7:はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」