メディカルエッセイ

130 噛み合わない薬の論争 2013/11/20

 紆余曲折を経た後、2013年11月12日、政府は一般用医薬品(大衆薬)のインターネット販売に関して薬事法改正案を閣議決定しました。これにより大衆薬(薬局で買える薬)の99%以上がインターネットでも購入できるようになります。例外としては処方薬から大衆薬に転換して3年以内の薬と劇薬5品目があります。

 政府のこの「例外を認める」という政策に対し、インターネット販売を手がけている業者からの反発が相次いでいるようです。なかでも楽天会長兼社長の三木谷浩史氏は、11月6日に緊急記者会見まで開き、「(一部の薬の販売について)対面販売に限定するのは、時代錯誤も甚だしい」と述べたそうです。

 三木谷氏は政府の産業競争力会議の民間議員も努めていますから、ネット販売を広げることにより経済を活性化させ、そして自社の利益も増やしたい、というのが思惑なのでしょう。

 しかしこの考え、一歩ひいて考えると無茶苦茶な理屈であることが分かります。

 そもそもなぜ薬の売り上げを伸ばさなければならないのでしょうか。三木谷氏は日本国民を"薬漬け"にしたいのでしょうか。当たり前の話ですが、薬というのは飲まないに超したことはありません。

 厚生労働省や医療従事者、あるいは薬局がなぜ薬のネット販売に消極的な姿勢になるのか、その理由は薬剤が不適切に使用されることを懸念するからです。

 安易な鎮痛剤の使用が「薬物乱用頭痛」につながる、ということは過去に何度か述べました(注1)のでここでは繰り返しませんが、その薬物乱用頭痛の原因になる鎮痛薬はすでにインターネットで簡単に手に入ります。最近の議論では「ロキソニンS」がネットで買えるか、ということがよく語られますが、「ロキソニンS」よりもずっと薬物乱用頭痛をおこしやすい鎮痛剤がごく簡単に手に入るのが現実なのです。

 鎮痛薬だけではありません。例えば、睡眠改善薬と命名されている薬剤が現在でもインターネットで簡単に買うことができます。たしかにこの睡眠改善薬というのは医療機関で処方される睡眠薬ではなく単なる古い抗ヒスタミン薬です。古い抗ヒスタミン薬の副作用の眠気を利用して「睡眠改善薬」と命名しているだけのものです。ですから、考え方によってはそれほどリスクの高いものではないと言えるでしょう。

 しかし、眠れないから睡眠改善薬を飲めばいい、という単純な話ではありません。古い抗ヒスタミン薬を飲めば確かに眠くはなりますが、質のいい睡眠が得られるというわけではないからです。こういった薬は作用時間が長くはありませんから通常は翌朝まで効果が続くことはありませんが、それでも不適切な飲み方をすれば薬の作用が翌日に残ることもあります。古いタイプの抗ヒスタミン薬は、「眠気を感じない人でも作業効率が落ちる(ミスをしやすくなる)」という研究もあります。薬には本人の自覚のない副作用もあり得るのです。

 そもそも「眠れません」という人に対しては医療機関でも薬局でも「では睡眠薬(睡眠改善薬)を飲みましょう」と言うわけではありません。我々の仕事というのは、「いかに薬を処方するか」ではなく「いかに薬を処方しないか」なのです。(一部の薬局ではそうでないかもしれませんが・・・)

 太融寺町谷口医院で言えば、診察室で「眠れません」と悩みを話される人に対して、初めから睡眠薬を処方するケースというのはおそらく3分の1もありません。まずは、なぜ眠れないのか、いつから眠れないのかを問診から探っていくことになりますが、これに相当の時間がかかります。たいがいのケースは患者さんの社会的、心理的な背景にある程度踏み込むことになります。

 そして不眠の原因、あるいは悪化因子に、職場や家庭でのトラブルがあることが多々あります。こういった問題がある場合、単に睡眠薬を処方しても何の解決にもなりません。職場に原因がある可能性がある場合は、睡眠薬を処方せずに、まず産業医に現在の職場での問題点を相談するように助言することもあります。家庭での問題がある場合は、まずは家族内で問題点を相談してもらうように話し、場合によっては家族の人に来てもらうこともあります。実は不眠の原因が、夫婦間の不仲や配偶者の裏切り行為であったり、親の介護のトラブルであったり、あるいはDV(ドメスティック・バイオレンス)が原因であったり、ということもあります。
 
 あるいは内科的な疾患が原因になっていることもあります。代表的なものが甲状腺機能亢進症です。実際「最近イライラして熟睡できずに隣の家のイヌの鳴き声が我慢できなくなってきた」と言って受診された人が甲状腺機能亢進症であった、ということもありました。また薬剤性という場合もあります。一番多いのがステロイドで、ステロイドを内服しだしてから夜間に興奮して眠れない、などということもあります。また、アルコール依存が不眠の原因になっていることも珍しくありません。

 つまり、「眠れない」という訴えを患者さんが話されたときに、我々医師が問診しなければならないことは大変多くそれなりの時間がかかるのです。薬局ではどうかというと、良心的な薬局であれば、患者さん(お客さん)から話を聞いて、必要だと判断すれば、薬局で薬を買うのではなく、まず医療機関を受診するように助言しているはずです。

 問診の結果、何らかの睡眠の対策が必要と判断したとしましょう。しかし、すぐに薬を処方するわけではありません。睡眠障害を克服するのに、何よりも大切なのは「規則正しい生活をする」ということです。好きな時間に起きて好きな時間に寝る、という生活を続けていれば睡眠障害は永遠に治りません。まずこの基本的なことができているか、しようと努力しているかを確認します。医療者など夜勤があるシフト制の職業や時差のあるフライトアテンダントなどの職業の場合は、専門的な観点からの助言が必要になることもあります。

 規則正しい生活をおこなう、の次には運動を勧めることが(私の場合は)多いと思います。適度な運動で適度に身体を疲労させれば質のいい睡眠につながることがよくあるからです。

 もちろん一時的に睡眠薬が必要になることもあります。しかしその場合もいきなり「睡眠薬」を処方するのではなく、ロゼレム(一般名は「ラメルテオン」)というメラトニンの受容体に選択的に結合する薬から始めることが(私の場合)多いといえます。ロゼレムはヨーロッパでは医薬品とは認められずに同じようなメラトニン受容体作動薬はサプリメントの扱いになるそうです。(だからといってロゼレムは完全に安全な薬とまではいえず、当院にもロゼレムで副作用が出た患者さんはいます。しかし、トータルでみたときに従来の睡眠薬よりも安全なのは間違いありません)

 ロゼレムで効果が得られなければいわゆる睡眠薬(または睡眠導入薬)を処方することになりますが、この場合も「睡眠薬は一時的に使うものであり、不眠の原因を検討することや、規則正しい生活や運動の方がはるかに重要であること」を説明します。
 
 ちなみに楽天のウェブサイトから睡眠改善薬のひとつを検索するとすぐに商品が提示され「買い物かごに入れる」というボタンがでてきます。これをクリックしてクレジットカードの番号を入力すれば翌日には手元に届くようです。

 私は薬のネット販売に反対しているわけではありません。身体が不自由な人や忙しくて薬局に行けないという人にとって、インターネットでも薬が買えるというのは大変ありがたいサービスです。では、どうすべきか、というのは以前にも述べましたから(注2)ここでは繰り返しませんが、この議論になると話が噛み合わない点を強調しておきたいと思います。

  それは、我々医療者(及び薬局の薬剤師)は薬の危険性や依存性を理解しており、いかに薬を減らすかという観点から考えているのに対して、ネット販売業者はいかに薬を売るかという点から考えているということです。そしてマスコミもこのことに気づいていません。「規制=悪」という前提で書かれた記事が大半で、あたかも医療機関や薬局が経済復興の邪魔をしているような議論さえあります。

 我々が薬漬けになってもいいのか・・・、ネット解禁支持派の人たちにはこのことを考えてもらいたいと思います。


注1:詳しくは下記コラム「放っておいてはいかない頭痛」を参照ください。
注2:詳しくは下記コラム「見当違いのマスコミとおとなしすぎる薬剤師」を参照ください。


参考:
メディカルエッセイ
第127回(2013年8月)「見当違いのマスコミとおとなしすぎる薬剤師」
第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

はやりの病気
第96回(2011年8月)「放っておいてはいけない頭痛」
第86回(2010年10月)「新しい睡眠薬の登場」

マンスリーレポート
2012年5月号「セルフ・メディケーションのすすめ~薬を減らす~」
2013年5月号「薬局との賢い付き合い方(後編)」
2013年4月号「薬局との賢い付き合い方(前編)」