はやりの病気

第206回(2020年10月) 新型コロナのPCR、ようやく保険で可能に

 PCRや抗原検査といった検査をするのにも一苦労する新型コロナ。ここにきて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でもようやく保険診療でこういった検査ができるようになりました。さらに、もうすぐ検査代は全額無料になりそうです。ただ、東京を含めて全国の多くの地域では、数か月前からすでに医師が必要と判断すれば無料でできていました。なぜ大阪市ではこんなにも時間がかかるのでしょう。谷口医院の経験を振り返りながら説明していきましょう。

 新型コロナが日本でも流行しだした2月下旬から5月中旬ごろまでの間、「保健所(発熱センター)に電話してもなかなかつながらない。つながっても検査はできないと言われる。熱があるのにどうすればいいの?」という問い合わせを電話やメールで何百件と聞きました。そもそも、保健所の電話回線はたかがしれているのですから「4日発熱が続けば電話を」などという方針には初めから無理があったのです。
 
 ですから、谷口医院では2月下旬から「4日待たなくてもいいし、保健所に電話する必要もない。うちに連絡してくれればPCRの手配をする」と答えていました。(これは非公開ですが)医療機関からならつながる保健所の電話がありますし、患者さん自身が「検査をしてください」とお願いするよりも、我々が「〇〇の理由から新型コロナを疑います。PCRをお願いします」と交渉する方がスムースにいくからです。

 ところがこの考えが誤っていたことに気づくのにそう時間はかかりませんでした。私が保健所に交渉しても断られるのです。「あきらかにコロナですよ」という患者さんの検査を依頼しても認めてもらえないのです。仕方がないから、保健所は諦めて、大きな病院に「不明熱」という名目で入院してもらい、そこでコロナ陽性であることが判明した患者さんもいます。

 こんな状況では保健所に交渉するだけ無駄です。そこで5月中旬、保健所に勤務する医師に対して「保健所はあてにできないから当院で検査をさせてほしい」と直談判しました。すると、意外にも答えはあっさりと「OKです」とのこと。しかし、考えてみればこれは当然で、保健所も我々や患者さんにいじわるをして「検査できません」と言っているわけではないのです。それだけキャパシティが少なかったのです。そんななか、クリニックで検査をすると言われれば保健所からみても「渡りに船」です。

 ただ、谷口医院で患者負担ゼロで検査をするには、法律上、保健所と谷口医院が「行政契約」を結ばねばならないとのことでした。しかし、「その契約にはそんなに時間がかからない。近々連絡するから少し待ってほしい」とのことでした。「これで、患者さんに不安な思いをさせなくて済むんだ」と、そのときはそう思い、暗闇に光が差したような感覚になったのを覚えています。

 ところが、です。待てど暮らせど連絡はこない。たまりかねて何度か保健所に催促の電話をするのですが、いつも「もう少し待ってほしい」との回答。10月になれば医師会と保健所が「集団契約」をすることになり、そうなれば医師会に加入しているすべての医療機関(もちろん谷口医院も加入しています)が患者負担ゼロで検査ができるようになると聞いていたのですが、この話も進展がありません。

 そんななか、ある医師から「大阪市も保険診療でなら検査できるようになったらしいよ」という話を聞きました。これは私が聞いていた話と異なります。5月に保健所で「OKです」と言われたとき、行政契約が済むまでは保険診療でも検査はできないと聞いていたからです。そこで、ある行政機関に尋ねてみました。すると、「少し前から保険診療でなら検査ができるようになった。つまり無料にはならないが3割負担でなら検査可能」との回答を得たのです。

 というわけで、10月中旬から谷口医院でも新型コロナウイルスのPCR検査及び抗原検査が保険診療でできるようになりました。ただし、診察した結果、感染の可能性があると判断された場合のみとなります。無症状だけど盛り場に行ったから心配、というような理由では保険診療で検査をおこなうことは認められていません。

 では、なぜ大阪市では診療所での新型コロナの検査にこれだけ消極的なのでしょうか。ある情報によると、大阪では院内感染で医師が二人亡くなり、そのことがあるから診療所での検査に抵抗がある、とのことです。

 ですが、私に言わせれば、院内感染で医師が死ぬこともある重要な感染症だからこそ、各医療機関は「発熱外来」を設けて、院内感染対策を万全にした上で検査を積極的におこない、早期発見に努めなければならないのです。

 一部のメディアが報道したように「保健所からも医療機関からも検査を断られて受診が遅れて死亡した」という症例が全国で相次ぎました。この人たちは、症状が出てから他界されるまでずっとひとりで過ごしていたのでしょうか。多少しんどくても、保健所が断ったんだからコロナじゃないんだろうと思って、仕事や買い物に行った人はいないでしょうか。そして、他人に感染させた可能性はないでしょうか。

 つまり、疑いがある患者さんを迅速に検査するのも我々医療者の使命なのです。そして、院内の感染対策をしっかりとおこなえば新型コロナウイルスはそれほど恐れる必要はありません。ただし、感染力の強さについては患者さんにも知っておいてもらう必要があります。

 ここ数か月、我々の説明に対して怒り出す患者さんが目立ちます。「発熱外来に来てください」と言うと気分を害するのです。2月以降、「症状があれば発熱外来に」と言い続けているのですが、「軽症ですから」(そもそも風邪が軽症なら受診は不要)とか、「味覚障害はありませんから」(全員に味覚障害が出現するわけではない)といった理由で「普通の診察時間に受診したい」という人が(多くはありませんが)週に1~2人いるのです。なかには受付にやって来て「今、診てください」と言う人もいます。慌てて外に出てもらって「一般の時間では診られません。発熱外来に来てください」と言うと、怒って帰る人もいます。

 新型コロナウイルスは適度には恐れるべきです。症状があるときに人が集まるところ(医療機関の待合室も)に行ってはいけません。しかし、過度に恐れる必要はありません。患者さんから感染して亡くなった大阪の2人の医師は気の毒だと思いますが、きちんと対策をとっていれば感染することはありません。検体採取のときに患者さんがくしゃみや咳をするのでそのときに感染することが報告されていますが、これも対策で防げます。

 谷口医院で実際に検査をしたことがある人が近くにいれば聞いてほしいのですが、検査のときには大きな窓の外に顔を向けてもらい、私はPPE(ガウン、N-95、フェイスシールド、グローブなど)を装着し、患者さんの後ろに立ち、後ろから柔らかい綿棒を鼻の奥に入れます。痛くはありませんがその際、けっこうな確率でくしゃみや咳がでます。この処置中、私の背後から業務用扇風機で強風を窓の外に送っています。この状態で感染するはずがないのです。もっとも、実際の感染は飛沫(やエアロゾル)ではなく、接触感染が多いと言われています。ですから患者さんの触った保険証、紙幣、硬貨などはウイルスが付着しているものとして扱います。谷口医院ではすべてのスタッフに対し、顔を触る前には両手を消毒することを義務付けています。

 話を戻します。この数か月、実に多くの患者さんから「なんでここで(谷口医院で)検査できないの?」と言われ続けてきました。現在は保険診療でなら検査可能となりました。そして、もうすぐ負担ゼロでできるようになるはずです。しかし、他の疾患のように「気になればいつでもお越しください」というわけにはいきません。「発熱外来」の枠に受診してもらうことになります。

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第205回(2020年9月) インフルエンザのワクチンはいつ何回うつべきか

 インフルエンザのシーズンが来ると毎年必ず寄せられて、そしてときに返答に困る2つの質問があります。「インフルエンザのワクチンはいつ打てばいいのですか?」、もうひとつが「インフルエンザのワクチンは1回だけでいいのですか?」というものです。

 「いつ打てばいいか?」については、たいていは「10月末までには打ちましょう」と答えています。その年にもよりますが、早い年だとインフルエンザは11月頃に流行が始まります。そして、ワクチンの効果が期待できるのは接種してから2週間程度経ってからです。ならばできれば10月には打っておきたいところです。それに早い年だと11月中旬になくなってしまうこともあります。

 「10月中に......」と言うと、「早すぎませんか?」と聞かれることがしばしばあります。こういう質問をする人は「ワクチンの効果はそんなに長くないんでしょ。10月だと早すぎると聞きました」と言います。また、今年もある看護学生から「学校からは11月になるまで打たないようにと指示されています」と言われました。

 これらの考えは正しいのでしょうか。日本では昔から「インフルエンザのワクチンの効果は3~5か月程度」と言われることが多いようです(注1)。インフルエンザは4月に流行することもあります。効果が5か月で切れるのだとすれば、10月にワクチン接種すれば年によっては4月まで持たないことになります。先述した看護学校では、10月11月よりも3月4月に流行すると予想して「11月まで打たないように」という指示を出したのかもしれません。

 ワクチンについては行政の、つまり厚生労働省の見解を聞きたいところです。厚労省によれば、インフルエンザワクチンは「12月中旬までにワクチン接種を終えることが望ましいと考えられます」とされています。この"表現"がなんともいやらしいというか、患者さんに案内する我々医師を困惑させます。「終えることが望ましい」という表現は断定を避けた曖昧なものです。そして、「○ヶ月有効です」という表記がありません。

 他方、2020年年9月11日付けの厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部からの事務連絡では「高齢者の新型コロナウイルス対策を最優先に考え、定期接種対象者を10月1日から25日まで優先的に接種」としています。つまり、インフルエンザに罹患すれば重症化すると考えられている高齢者に対しては、厚労省は10月25日までに終わらせるよう勧めているわけです。

 インフルエンザのQ&Aのサイトでは「12月中旬までに」としておきながら、新型コロナウイルス感染症対策推進本部では「ハイリスク者は10月まで」と言っているわけです。ここから理論的に考えられる結論はひとつしかありません。ハイリスク者が当然優先されるわけですから、「ハイリスクである高齢者は10月中に接種してね。ハイリスクでない人はハイリスク者が打ち終わるまで待ちなさい。けど遅くても12月中旬には終わらせてね」ということになります。

 この考えは公衆衛生学的には正しいと言えるかもしれません。行政は国民一人一人を見ているわけではなく、社会全体を考えているからです。全体として重症者・死亡者が少なくなればそれが行政の"勝利"です。一方、我々臨床医は厚労省や他の行政組織の言うことにいつも従うわけにはいきません。なぜなら、我々は個々の患者さんを診ているからです。目の前の患者さんを理屈抜きで守らなければならないのです。

 ここで、冒頭で投げかけたもうひとつの質問を考えてみましょう。「インフルエンザワクチンは1回だけでいいのか?」です。厚労省によれば、「(13歳以上の場合)インフルエンザワクチン0.5mLの1回接種で、2回接種と同等の抗体価の上昇が得られるとの報告があります」と書かれています。つまり、一見したところ「ワクチンは1回でも2回でも効果は同じ」と読めるわけですが、解釈には注意が必要です。

 厚労省は「報告があります」と言っているだけです。その「報告」がどのような研究をもとにしているのかが分かりません。注釈として、その報告の出処が載せられてはいますが、詳細をネットで調べることができず、その報告書を入手するのは簡単ではありません。その報告書を苦労して入手しようと考える人は少数でしょうし、仮に入手してエビデンスのレベルがそれほど高くないことに気づいたとしても、厚労省の表現が間違っているとは言えません。なにしろその報告が正しいとも間違っているとも厚労省は言及しておらず、単にそのような報告があると言っているだけだからです。
 
 厚労省は、「ただし、医学的な理由により、医師が2回接種を必要と判断した場合は、その限りではありません」とし、医学的な理由として「13歳以上の基礎疾患(慢性疾患)のある方で、著しく免疫が抑制されている状態にあると考えられる方等は、医師の判断で2回接種となる場合があります」と書かれています。つまり、厚労省は「ワクチンは1回だけど、身体が弱っている人は2回必要。それは担当医の責任です」と言っているわけです。要するに、厚労省のサイトをよく読めば「ワクチンが1回か2回かについて厚労省は関知しません」が同省の立場であることが分かります。

 話をすっきりさせましょう。もしもワクチンの効果が充分に高くて長く、1回接種で11月から4月までの半年間しっかりと効くのであれば、「10月になれば国民全員が1回だけうってね」と言えば済む話です。ですが、実際には片方で「12月中旬」、もう片方で「高齢者は10月まで」と言い、「2回接種するかどうかは担当医に決めてもらってね」と言っているわけです。

 なぜ厚労省はあえて複雑な表現をとって分かりにくくしているのか。最大の理由は「ワクチンが足らないから」です。2番目の理由は「10月に国民全員が押し寄せれば医療機関がパンクするから」でしょう。他にも「ワクチン接種回数が増えればそれだけ副作用のリスクが上がるから」ということも考えているかもしれません(ワクチンの健康被害は国が保証することになっています)。

 では、もしも私が厚労大臣であれば「全員が2回、1回目を10月に」と宣言するでしょうか。私がその立場でもそのような宣言はしません。ただ、現在のような分かりにくい表現はやめます。私なら次のように言います。「インフルエンザのワクチンは全員が2回接種できればいいのですが全員に供給する余裕はありません。また、10月に皆さんが一斉に受診すれば医療機関は対応できません。そこで社会全体で優先順位を決めなければなりません。小児(注2)や高齢者や持病がある人などハイリスクの人が先に、そして2回接種を検討すべきです。健康な若い人は1回接種のみ、そしてハイリスクの人が済んでからにしてください」

 2回目はいつ接種すればいいのでしょうか。ワクチンの効果が5か月であったとしても、6か月であったとしても(米国では最低6か月有効と考えられています。米国CDCのサイトでは10月末までに接種するようにと書かれています)、前日まで100あった効果が次の日に突然ゼロになるわけではありません。効果はゆっくりと減弱していき、一定の数値を下回ると無効となるわけです。その効果を長続きさせるために2回目接種が有効で、これをブースター接種と呼びます。では、ブースター接種はいつが望ましいのか。これを検証したデータは見たことがありませんが、他のワクチンのように1~2カ月後が適切だと思われます。

 では、2回接種が望ましいなら太融寺町谷口医院では全員に2回接種をしているのかというとそういうわけではありません。ワクチンの入荷数はクリニック毎に決められていてそんなにたくさん割り当てられないからです。そこで谷口医院では次のような説明をしています。

・インフルエンザのワクチンは可能なら2回接種が望ましい
・しかし供給量が多くなく全員に2回接種は不可能
・そこで2回接種が必要なハイリスク者(高齢者、糖尿病、腎不全、膠原病、喘息、HIV陽性など)を優先している
・ハイリスク者でない13歳以上の人は、2回接種はハイリスク者に譲ってほしい
・1回接種の人は10月末までが望ましい(あまり遅くなると在庫がなくなる)
・10月に接種して4月に流行した場合は効果が切れている可能性はある
・谷口医院未受診の人は1回接種でも断っている

 今シーズンは新型コロナが脅威となるでしょうから、似たような症状を呈するインフルエンザは何としても避けたいところです。「ハイリスク」の"敷居"を下げて2回接種者を増やすべきだと考えているのですが、下げ過ぎると1回も接種できない人が出てくるかもしれません。何とも悩ましい問題です......。

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注1:ワクチンの添付文書に「(ワクチンの効果は)接種後3カ月で有効予防水準が78.8%であるが、5カ月では 50.8%と減少する」と書かれています。 

注2:新型コロナウイルスとは異なり、インフルエンザは小児もハイリスクとなります。このため、厚労省がワクチンを高齢者を優先としたことに対し、日本小児科医会は提言を出しています。

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第204回(2020年8月) ポストコロナ症候群とプレコロナ症候群

 新型コロナが「インフルエンザより少し重い程度」と言われていたのが遥か昔のようです。若くして、しかも基礎疾患(持病)がないのにもかかわらず、心筋炎を発症したり、脳梗塞を起こしたり、あるいは米国の40代の舞台俳優のように足を切断しなければならなくなったり、とインフルエンザとは比較にならないほど重症化するのが新型コロナの実態です。しかし、一方では今も「新型コロナはただの風邪」と考え、自粛やマスク着用に反対する人たちも(医療者のなかにも)いることが興味深いと言えます。

 ただの風邪やインフルエンザと新型コロナが決定的に異なる理由のひとつが「後遺症」です。新型コロナに感染した後、ウイルスは体内から消えているのにもかかわらず、倦怠感、咳、胸痛、動悸、頭痛などが数か月にわたり続くことがあります。私はこれを「ポストコロナ症候群」と勝手に命名しています。ただし、これらの症状が本当に新型コロナウイルスに罹患したことが原因なのかどうか、証拠があるわけではありません。また、日本では新型コロナの検査のハードルが高く保健所はなかなか検査を認めてくれませんから、「あのときの症状はおそらく新型コロナだろう」という推測の域を超えず、現在ポストコロナ症候群と思わしき症状がある人が本当に感染していたのかどうか分からないこともあります。

 ただ、私ひとりがこういった現象があるんだと主張しているわけではなく、世界中で同じような事例が報告されています。例えば、4月から5月にかけてイタリアで行われた研究によれば、新型コロナから回復した患者143人の87.4%が、約2カ月が経過した時点で何らかの症状を呈していました。まったく無症状は18人(12.6%)のみで、32%は1つか2つの症状、55%は3つ以上の症状が認められています。内訳は、倦怠感53.1%、呼吸苦43.4%、関節痛27.3%、胸痛21.7%です。こういった症例は世界中で報告されており、米国のメディア「Voice of America」は「Post-COVID Syndrome」と呼んでいます。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも現在数名のポストコロナ症候群と思われる患者さんが通院されています。ただ、有効な治療法があるわけではありません。d-dimerという血栓の指標となる数値がしばらく高い人がいますが、この状態で抗血栓療法をおこなうことにはコンセンサスがありません。それに、d-dimerが正常化してからも症状がなくなるわけでもありません。微熱が持続する人もいますが、解熱剤を内服するのが賢明な治療とは言えません。

 今のところ、すべての医療者が「ポストコロナ症候群」の存在を認めているわけではありませんし、機序は不明です。どれくらい持続するのか、悪化してやがて社会生活ができなくなるような可能性はあるのか、といったことも分かっていません。今後の世界からの報告を待つことになります。

 さて、今回紹介したいのは「新型コロナに一度も感染していないんだけれど新型コロナのせいで健康を損ねている状態」で、これをポストコロナ症候群に対して「プレコロナ症候群」と呼んでみたいと思います(私は新しい言葉をつくるのが好きなわけではなく便宜上名前をつけているだけです)。

 感染していないのになぜ健康を損ねるのか。そしてどのような症状を呈するのか。私は3つに分類しています。

 1つは「新型コロナに感染したと思い込んで社会生活ができなくなる状態」です。単なる下痢や客観的にはごく軽度の倦怠感、軽度の喉の痛みなどが出現すると「新型コロナに感染したに違いない」と思い込み、いわば強迫神経症のような状態となり社会活動に支障をきたすのです。

 「なぜ、そういった症状がコロナでないと言えるのか」という疑問があると思います。たしかにごく軽度の症状があり、それが新型コロナによるものだったということはしばしばあります。ですが、すべての軽症例が新型コロナに起因しているわけではありません。彼(女)らのなかには他院で高額なPCR検査を受け結果が陰性だったのにもかかわらず「感度は高くないんでしょ」などと言い、自分は感染したに違いないと言う人もいます。ひどい場合は高額な検査を繰り返し受けようとする人もいます。検査がすべてでないという考えは正しいのですが、検査がすべてでないからこそ医師が総合的に判断するのです。いったん「コロナに違いない」と思い込むと、彼(女)らは自分の考えを修正することができなくなります。

 なかにはまったくの無症状の場合もあります。彼(女)らは、外出先で他人と接したときに「あのとき感染したかもしれない」と思い込み、いったんその思考に陥ると何も手に付かなくなってしまいます。このタイプは責任感の強い真面目なタイプが多く、「無症状の私が他人にうつしてしまったらどうしよう......」という自責の念に駆られます。

 プレコロナ症候群の2つ目は「コロナを恐れて外出を控えたことにより心身が不調となる状態」です。最も分かりやすいのが「コロナ肥満」でしょう。谷口医院の患者さんのなかにも、体重が増え、血圧が上がり、中性脂肪と肝機能が悪化して......、という人が何人かいます。体重や血液検査値という分かりやすいものばかりではありません。生活リズムが崩れ昼夜が逆転し、睡眠障害、さらに不安感、抑うつ感が強くなり、社会復帰が困難になるケースもあります。高齢者の場合は認知症のリスクが上昇します。それだけではありません。ストレスから家庭内の人間関係が悪化することもあり、すでに欧州(特にフランス)ではドメスティック・バイオレンスの報告が相次いでいます。

 プレコロナ症候群の3つ目は「皮膚のトラブル」で、原因はふたつあります。ひとつは「マスク」、もうひとつは「過剰な手洗い」です。

 せっかくアトピー性皮膚炎やニキビが上手くコントロールできていたのに、マスクのせいで悪化したという人はものすごく大勢います。また、それまで顔面の皮膚のトラブルなど経験したことがなかったのに、マスクを常時着用するようになってから湿疹やニキビができたという人も少なくありません。

 しかし、これには対処法があります。ひとつはまずしっかりと治すことです。谷口医院をマスクのトラブルで受診した患者さん(特に初診)のなかには、薬局の薬で余計に悪化させてから来た人もいます。まず短期間でしっかりと治療をおこない完全に治してしまうことが大切です。もうひとつの大切なことは「予防」です。いったん治っても、同じようにマスクを使用しているとかなりの確率で再発するからです。

 ではどうやって再発を防げばいいのか。有効なのは「マスクの使い分け」です。サージカルマスク(不織布のマスク)は、暑いなかで着用していると皮膚が丈夫な人でも痒くなってきます。汗で痒くなって掻いて余計に悪化させている人もいます。また、むれた環境は皮膚の細菌増殖を促し、これがニキビの原因となることもあります。ですから、サージカルマスクの着用時間をできるだけ少なくして、布マスクを使用すればいいのです。

 布マスクで感染予防の効果があるのか、という疑問があると思いますが、例えばCDCはウェブサイトでサージカルマスクが入手できないときは布マスクで代用することを推薦し、手製の布マスクの作り方をイラスト入りで紹介しています。私自身も、外出時は布マスクを使用しています。汗をかいて不快になったときのための予備の布マスク、複数枚のサージカルマスク、それにN-95と呼ばれる医療者用のマスクも携帯しそのときの環境に応じて使い分けています。これらを携帯用のアルコールジェルと共にひとつのポーチに入れて持ち歩いています。私はこのポーチを「コロナセット」と勝手に命名しています(やっぱり私は新しい言葉を作るのが好きなのかもしれません)。

 「過剰な手洗い」で手荒れを起こしている人も少なくありません。コロナウイルスが手から感染することはありませんが、手荒れのせいで皮膚の防御力が弱くなり、他の病原体が皮膚に感染する可能性がでてきます。それに、いくら手洗いをしっかりしても次に何かを触ればそれで"終わり"です。「何か」とは、他人も触れるファイルやパソコン、硬貨、カードなどです。一方、いくら手が汚くても大量にコロナウイルスが付着していたとしても、その手で顔(特に鼻の下)を触らなければ感染することはありえないわけです。ですから手洗いよりも「顔を触らない」に注意すべきなのです。当然のことですが「顔を触らない」を一生懸命に実践しても皮膚にトラブルは生じません。

 ただの風邪やインフルエンザには「ポスト」も「プレ」も(ほとんど)ありません。新型コロナは、感染する前も、感染しているときも、治癒してからもやっかいな感染症なのです。


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第203回(2020年7月) コロナ時代の風邪対策

 医療崩壊が確実に進行しています。今年(2020年)3月以降、発熱や咳のある患者さんには通常の診察時間に来てもらえなくなりましたから、当院では午前と午後の一般の外来が終わってから「発熱外来」の枠を設けています。午前も午後も1名のみの枠です。

 4月には「もう限界!」という状態になりました。なにしろ1日2人までしか診られないわけですから、希望されても当日には診ることができず、翌日まで待ってもらうこともしばしばありました。当然、当院をかかりつけ医にしている人が優先となりますから、一度も受診したことのない人はいくら希望されてもなかなか診ることができません。

 5月に入り、風邪症状の患者さんが減少し、穏やかな日常に戻っていくかと思われましたが、6月末から再び増加し始めました。しかし、1日2人の枠をこれ以上増やすことはできません。今後、「風邪症状があるから診てほしい」というすべての要望に応えられなくなることが予想されます。

 そこで今回は「コロナ時代の今、風邪をひけばどうすればいいか」を考えていきたいと思います。

 まずは、当然のことながら「風邪をひかないように日ごろから予防に努める」ことが大切ですが、これについては過去のコラム「医師が勧める風邪のセルフケア6カ条」などを参照いただくこととし、ここでは実際に風邪をひいてしまったときの対処方法を考えていきましょう。

 結論を言えば、「風邪をひいたときにはかかりつけ医に相談する」のが最善です。もちろん、軽症であり放っておいても自然に治ることが予想できる場合は相談せずに自宅安静でOKです。ただし、新型コロナの場合、初期は通常の軽度の風邪と区別がつかないことが多く、軽症だからといって新型コロナを否定できるわけではありません。一人暮らしの場合は自宅安静とし、職場には事情を話して職場の指示に従えばいいと思いますが、同居している家族がいる場合はどうするんだ、という問題がでてきます。

 可能であれば(あなたではなく)同居している家族全員にホテル暮らしなどをしてもらうのが理想ではありますが、少しの風邪症状で毎回これを実践するのは現実的ではないでしょう。その場合、できるだけ家族と顔を合わせないようにして食事の時間も別にします。完全な自宅安静ができず外出した場合は、かばんや上着は玄関に置いてリビングには持って入らないようにして直ちにシャワーを浴びるようにします。身体に付着したかもしれないウイルスを洗い流すためです。

 ここで「保健所に相談しなくていいの?」という質問に答えておきましょう。地域にもよりますが、軽度であれば保健所は新型コロナウイルスのPCR検査をまず受けてくれません。5月以降は随分ましになったとはいえ、まだまだ検査の「敷居」は高いのです。陽性者と"濃厚接触"があった場合ですら、(少なくとも大阪市では)断られていることが多いのが現実です。

 かかりつけ医を持っていない場合はどうすればいいでしょうか。「薬局で薬を......」と考えるのがひとつの選択肢になりますが、気軽に薬局に訪れるのは問題があります。コロナウイルスについては、理論的にはサージカルマスクをしていれば他人に感染させることはないのですが(参考:「新型コロナ 感染は「サージカルマスク」で防げる」)、薬局側が症状のある人の来店を断る可能性があります。ですから、医療機関だけでなく薬局に行くときも事前に電話で行っていいかどうかを確認するべきでしょう。

 医療機関よりも薬局の方が"敷居"は低いとは思いますが、日本の薬局ではできることが限られていますから、日本に住んでいる限り、診療所/クリニックにかかりつけ医を持っていた方がいいのは間違いありません(注)。実際、当院にはほぼ毎日、風邪症状の患者さんから電話やメールで問い合わせが入ります。診察時間中に医師が電話を取ることは困難ですが、看護師が話を聞いて助言をすることはできます。緊急性があればその場で医師に代わります。そして、さらに緊急性があれば、直近の「発熱外来」に来てもらうこともあります。

 電話で新型コロナが疑わしいと判断でき、ある程度重症化している場合は、患者さんには自宅待機をしてもらい、当院から保健所にPCR検査の交渉をします。患者さん自身で保健所に依頼してもたいていは断られますが、医療機関から交渉すればうまくいくことが多いのです。ただし、さほど重症でない場合は医療機関が依頼しても直ちに認めてくれるわけではありません。新型コロナは「指定感染症」に分類されており、行政のルールのもとで診療がおこなわれます。PCR検査は公費(患者負担ゼロ)でおこなえますが、その代わり検査の可否や順番については行政の指示に従わなければならないのです。

 そういった行政の立場は分かるのですが、我々からすると日ごろ診ている患者さんが辛い思いをしているときに、保健所の意向に従うわけにはいかないこともあります。実際、4月には私自身が保健所にしつこく食い下がってPCR検査を依頼したけれども断られた患者さんが新型コロナ陽性で、結果的に長期間の入院を余儀なくされました。後からその保健所から電話がかかってきたとき、「だから、あれほど言ったのに!!」と怒鳴りたくなる衝動を抑えるのに苦労しました。

 そういう経験もあるために、保健所の方針は理解はできるのですが、我々としてもなんとかして保健所の職員を説得せねばなりません。そこで、新型コロナは疑われるが軽症の場合は、まず当院の「発熱外来」に受診してもらい、必要に応じてレントゲン撮影や採血をおこないます。あまり知られていないかもしれませんが、新型コロナに感染すると血液検査では特徴的な結果がでることがあります。リンパ球低下、LDH高値、C反応性蛋白上昇、腎機能悪化、d-dimer高値などです。特にd-dimerが上昇しているケースは、新型コロナを強く疑う根拠になり、これを保健所に伝えればたいていはPCR検査OKと言われます。

 さて、話を戻すと「発熱外来」のキャパシティが少なすぎて、「需要>>供給」となり患者さんの期待に応えられない、のが現実です。7月に入り「熱があるから診てほしい。近くの医療機関からはことごとく拒否されている」という問い合わせがかなり増えてきています。けれども、先述したように、当院としては、日ごろ当院をかかりつけ医にしている人からの依頼には応えていますが、当院未受診の患者さんには対応できません。

 他の医療機関の悪口は言いたくないのですが、熱がある、あるいは咳があるというだけで診察を拒否する医療機関が増えています。実は上述した保健所から検査を拒否され続けた新型コロナの患者さんも10軒以上の近くのクリニックから受診拒否され、仕方なく車で1時間以上かけて当院を受診されたのです。

 しかし、もちろんそのような医療機関ばかりではありません。当院が実施しているように、一般の患者さんと時間を分けて診察をし、必要あれば保健所へPCRの交渉をしてくれたり、大きな病院への入院の手続きをしてくれたりする医師も少なからずいます。

 谷口医院は、14年前の開業時から「他院から断られ、行き場をなくした患者さん」を積極的に診てきました。もちろん、その後は近くを受診するように促しますが、現在も他府県から長時間かけて来られる人は少なくありません。受診する時間がないときはメールや(皮膚疾患の場合)写真を送ってもらい診察しています。風邪症状の場合は、メールや電話で状況を聞いて、患者さんが希望されれば当院まで来てもらっていました。しかし、コロナの時代はそうはいきません。公共交通機関が使えませんし、先述したように「発熱外来」の枠は1日2枠しかとれないからです。
 
 発熱があるという理由で「うちは診ないから自分でなんとかしなさい」という医療機関が多いのは明らかに問題です。ですが、大切なのはそういう医療機関を糾弾することではなく、そういうところは無視して、あなた自身が困ったときに何でも相談できるかかりつけ医を"近くで"見つけることです。これが「コロナ時代の風邪対策」の最重要事項なのです。

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注:これは海外に行くと異なります。日本では医療機関でしか処方できない薬を薬局で買えるという事実もありますが、それ以上に国民が薬剤師を信頼しているように見えます。例えば、タイでは国民は何かあれば薬局にいる薬剤師を頼りにします。薬剤師がまるで医師がおこなうような問診をし、軽症なら薬のみで、治療が必要であればきちんと医療機関を紹介します。私は初めてタイ人からこういった話を聞いたときに大変驚かされました。尚、日本の薬剤師がタイの薬剤師より劣っているわけではありません。日本では制度上、薬剤師ができないことが多いのです。

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第202回(2020年6月) アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」

 アトピー性皮膚の治療の歴史が(ほぼ)確実に変わりそうです。

 一般に、新しい薬が登場するときには慎重すぎるくらいの姿勢でいるべきです。発売してから当初は予想されていなかった副作用が報告されることがしばしばあるからです。しかし、2020年6月下旬に発売されることが決まっている「コレクチム」(一般名はデルゴシチニブ)は、(私個人の印象ですが)まず間違いなくアトピー性皮膚炎(以下単に「アトピー」とします)の治療の歴史を変えることになります。

 今回はこのコレクチムの特徴を紹介したいと思いますが、その前にアトピーの歴史を、私見を交えて振り返ってみたいと思います。

1999年まで:プレ・タクロリムス時代
1999年:タクロリムス登場
2008年:シクロスポリン登場
2010年頃:タクロリムスが見直される
2018年:デュピルマブ登場
2020年:コレクチム登場

 順番に解説していきましょう。90年代まではアトピー性皮膚炎に有効で安全な治療薬があるとは言えませんでした。ステロイドでいったん炎症を抑えることはできますが、中止すると元の木阿弥になります。だからと言って使用を続ければまず間違いなく副作用に苦しむことになります。なかには取り返しのつかないような副作用もあり、これが医療不信につながりました。現在の「知識」があれば、いい状態を維持するための「プロアクティブ療法」を実践すれば、ステロイドの副作用を最小限に抑えることができますが、90年代当時はまだこの言葉すらありませんでした。

 医療不信が生み出したともいえる「民間療法」は様々な社会問題を引き起こしました。医療機関受診を頑なに拒否した(親が拒否させた)患者さんのなかには、不幸なことにアトピーの悪化から命を落とした人もいます。また、悪徳業者に高額な料金を要求されたり、高価なものを買わされたりといった事件が相次ぎ、これらは「アトピービジネス」と呼ばれました。

 当初の名称は「FK506」、後にタクロリムス(先発の商品名は「プロトピック」)と呼ばれることになった外用薬は発売前からかなり注目されており、当時まだ医学生だった私のところにもたくさんの問い合わせがありました。「これでステロイドなしで治せる!」という声が多数あったのです。ところが、前評判が高すぎたことと、医師側が使用方法をきちんと説明しなかった(というより、発売された当時は医師もよく分かっていなかった)ことから「副作用が多すぎて使えない」という声が相次ぎました。この薬は炎症が残っている部位に塗れば余計に悪化することもあり、またけっこうな確率でニキビを代表とする感染症を引き起こします。

 そして90年代後半から2000年代の終わり頃まではニキビのまともな治療薬がありませんでした。結局のところ、タクロリムスは正しい使用方法が伝わっていなかったことと、正しく使用してもニキビが高確率で発症しそのニキビを予防するためのいい薬がなかったことから、当初の期待ほどには普及しませんでした。この頃はまだ相も変わらず民間療法が跋扈し、被害者が続出していたのです。

 2008年にシクロスポリンという内服の免疫抑制薬が登場しました。これはたしかに炎症を抑える効果は強いのですが、副作用が多すぎて非常に使いにくい薬でした。おまけに高確率で腎機能障害が起こるため定期的な採血をしなければなりません。そもそも長期では使えないという前提で発売されたものです。私の印象としては、内服ステロイドとそう変わりません。内服ステロイドも飲めばほぼ確実にそのときは改善しますが、副作用のリスクから飲み続けるわけにはいきません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)ではシクロスポリンは一度も処方していません。

 2018年4月、デュピルマブ(商品名は「デュピクセント」)が発売されました。この薬(注射薬)は劇的に効きます。発売して2年以上が経過しますが、いまだに大きな副作用の報告もほとんどありません。効果も安全性も高いわけですから薬としては非常に優秀です。欠点は「費用」です。3割負担でも年間60万円程度かかります。現在、薬価は少し下がりましたが、それでも今でも注射1本19,900円(3割負担の場合)します。これを2週間に一度注射していかねばなりません。その他の費用と合わせると現在でも年間50万円以上はかかりますから「お金持ちにしかできない治療」となってしまっています(尚、谷口医院では現在デュピルマブを処方しておらず希望者には病院を紹介しています)。

 そんななか2020年6月末に登場することになったのが冒頭で紹介したコレクチムです。この塗り薬の特徴を一言で言えば「タクロリムスの副作用を大きく軽減した薬」です。ここでタクロリムスの大きな2つの欠点を振り返ってみましょう。

 ひとつは塗ったときの刺激感です。炎症がある部位に塗ると、痛み、熱感、痒みなどが出現します。これを我慢するという人もいますが、毎日の治療で我慢を強いられるのは避けたいものです。よって、こういった副作用が出現すれば直ちに洗い流して、再度ステロイドを塗るのが一番いい方法です。つまり、タクロリムスはステロイドで炎症を完全に取ってからでなければ使うべきでないのです。

 もうひとつの欠点は先述したニキビです。タクロリムスは免疫抑制剤ですから皮膚表面の「免疫能」を低下させます。その結果、細菌が繁殖することになりこれがニキビをもたらすのです。他の感染症にも注意しなければなりません。特にヘルペスには注意が必要で、ヘルペスの治療のタイミングが遅れるとカポジ水痘様発疹症と呼ばれる重症型に移行し、こうなると入院しなければならないこともあります。

 新薬コレクチムも刺激感がゼロではなく、またニキビの副作用もないわけではありません。ですが、いずれの副作用もタクロリムスに比べると起こる可能性が格段に少ないと言われています。ということは、タクロリムスがステロイドで完全に炎症をとってからでしか塗れないのに対して、コレクチムはまだ痒みがある状態でも塗っていいということになります。また、ニキビのリスクが低いのであればこれはありがたいことです。

 アトピーがない人からはなかなかわかりにくいと思いますが、タクロリムス外用もニキビ予防薬の外用もとても面倒くさいものです。なぜなら、タクロリムスが塗れる状態というのはステロイドで炎症をとった後だからです。つまりかゆくないときにベトベトするタクロリムスを全身に塗らねばならないのです。タクロリムスには「軟膏」しかありません。タクロリムスの「ローションタイプ」をつくってください、と私は個人的に複数の製薬会社に10年以上言い続けているのですが今のところ技術的に難しいようです。そのベトベトするタクロリムスをまったく痒くないところに塗るのも大変ですが、さらにニキビの予防薬も塗らなければならない、というのもかなり面倒です。

 コレクチムがタクロリムスより使いやすいのは間違いなさそうです。ならば全面的にタクロリムスがコレクチムに取って代わるのかと言えば、現時点ではその可能性はそう高くありません。費用の問題があるからです。コレクチムはタクロリムスの3倍近くします。正確には1本(5グラム)の値段が、タクロリムスは3割負担で76.05円(谷口医院で処方している後発品の場合)なのに対し、コレクチムは209.55円です。谷口医院の患者さんで言えば少々重症のアトピー性皮膚炎の患者さん(目安として非特異的IgEが10,000~60,000IU/mLくらい)が使用するタクロリムスの量は月あたり30~60本程度です。これをすべてコレクチムに替えるとなると経済的にしんどくなります。

 とはいえ、デュピルマブに比べればコレクチムの費用ならほとんどの人が検討できる範囲内だと思います。谷口医院のポリシーは「新薬は原則として発売1年間は処方せずに様子をみる」というものですが、コレクチムは例外的に発売と同時に必要と思われる患者さんに紹介していく予定です。

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参考:はやりの病気
第99回(2011年11月)「アトピー性皮膚炎を再考する」
第177回(2018年5月)「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」



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