はやりの病気

第201回(2020年5月) ポストコロナのパラダイムシフト~元の世界には戻らない~

 今月号(2020年5月号)の「マンスリーレポート」で述べたように新型コロナは医療界のみならず世界史を塗る変えるほどのインパクトがあります。その理由として、①決して軽症の感染症ではなく(インフルエンザとはまったく異なる)若年者の死亡例も少なくない、②脳、心臓、腎臓など全身の臓器を障害し足の切断もありうる、③無症状者から感染する、④すでに世界中に広がっている、といったことが挙げられます。

 上記①②と似た感染症にエボラ出血熱があります。一般に「出血熱」と名の付く感染症は致死率が高いと考えて差し支えありません。マールブルグ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、デング出血熱などで、これらは「死を覚悟せねばならない」感染症です。ただし、これらはそう簡単にはかかりません。地域が限定されているからです(デング出血熱はデング熱の重症型ですが繰り返し感染しなければ発症しません)。ですから、日本に住んでいる限りエボラ出血熱やクリミア・コンゴ出血熱に怯えて暮らす必要はありません。いくら重症化しようが感染の可能性がなければ心配不要なわけです。

 ところが①②に③と④が加わると状況は一転します。すでに社会に蔓延しており、感染者は自分が感染していることに気づいておらず、そういった人から感染させられると、感染させた本人は軽症なのに感染させられた自分が死に至るということもあるわけです。まるでゾンビのようです。実際、私は新型コロナ重症化のいくつかの情報を入手した時、数年前の韓国映画「新感染」を思い出さずにいられませんでした。

 ここで断っておきたいのは、私は患者さんに不安を煽りたくないということです。ですが、おしなべて言えばまだまだ多くの人がこの感染症を軽く考えすぎています。よくメディアは「感染しても8割は軽症」と言います。この「軽症」の意味が世間では誤解されています。我々医療者が言う「重症」というのは、人工呼吸器が必要、あるいはそこまではいかなくても入院して酸素投与が必要な場合を言います。つまり「軽症」というのはそこまでの治療はその時点で不要という意味に過ぎません。感染者の声を聞いてもらえれば分かると思いますが、30代であったとしても数日間はトイレに這っていかねばならないほど倦怠感が強くなることもあるのです。そして、重要なのはそれで済まないことです。今月号の「マンスリーレポート」にも書いたように「後遺症」が長期間(あるいは生涯)残る可能性もあります。

 上記①②③④のなかで、①②④の3つは医療界のみで解決すべきことです。問題は③の「無症状者からの感染」です。といってもまったくの無症状者、つまり感染してもまったく症状が出ずに治癒する人からの感染はほとんどないとされています。「無症状者からの感染」のほとんどは「発症前数日間の感染」です。数日後に発熱を起こさない、あるいは数日後に味覚がおかしくならない、と100%の確証を持って言える人はどこにもいません。ということは、目の前の人がどれだけ元気であろうが、その人の数日後の様態が分からない以上はすべての人から感染させられる可能性がでてきます(参考:毎日新聞「医療プレミア」2020年4月20日「新型コロナ 「マスク着用」に二つのリスク」)。

 今、私は「すべての人から感染させられる」と言いました。これには反論があるでしょう。「一度感染して治った人からは感染しないんじゃないの?」というものです。しかし、新型コロナに感染してできる抗体は中和抗体(ウイルスをやっつけてくれる抗体)である保証はどこにもありません。例えばC型肝炎ウイルスやHIVは感染すると抗体ができますが、この抗体は新たに体内に入ってくる病原体を退治することはできません(参考:メディカルエッセイ第69回(2008年10月)「「抗体」っていいもの?悪いもの?」)。また、新型コロナはすでに遺伝子の変異が複数みつかっています。一度感染した人が今度は違う遺伝子型に感染、ということも起こり得ます。

 というわけで、過去に新型コロナに感染したことがあろうがなかろうが、いついかなるときに誰と出会おうが、その時は元気だったその人から新型コロナウイルスに感染させられて10日後には人工呼吸器につながれて......、という可能性があります。特に、若い人と接するのが危険になります。なぜなら若い人の場合、例えばごく軽度の味覚障害や鼻水といった、症状がほとんどでないケースが多いからです。

 マスクの効果について復習をしましょう。すでに何度か述べましたが、マスクをしたからとって新型ウイルスに「感染させられない」効果はほとんどありません。サージカルマスク(医療者が通常装着しているマスク)を用いても期待できません。まして布マスクなど(感染させられない、という意味では)ほとんど役に立ちません。N-95と呼ばれる特殊なマスクは結核には有効ですが、新型コロナを完全に予防できる保証はありません。ですが、「他人に感染させない」という意味では、完璧とは言えないものの、かなりそのリスクを下げることができます(参考:毎日新聞医療プレミア2020年4月20日「新型コロナ 「マスク着用」に二つのリスク」)。きちんと検証したデータは見当たりませんが、おそらく布マスクでも「他人に感染させない」という意味ではかなりの効果が期待できます。

 すると、ここから導かれる結論は「他人と会うときにはマスクを外さないのがルール」となります。これが社会を大きく変えるのは明らかです。これからは他人の前で自身の鼻と口を見せてはいけなくなるのです。ちょうどブルカやニカブを身に纏ったムスリムの女性のようなファッションが求められるようになるかもしれません(ちなみに、東南アジア、例えばタイ南部やマレーシア、インドネシアではムスリムの女性はヒジャブと呼ばれるスカーフをしていますが、これは鼻と口を覆いません)。

 これからは、ビジネスの場面ではもちろん、プライベートも含めてよほど親しい関係にならなくては他人の前でマスクを外せないことになります。マスクなしで外に出て他人に近づく行為は今後「罪」となるかもしれません。実際、すでにマスクなしの外出で罰金が課せられる国もありますし、そこまで強制されなくても、「外でマスクを外す行為は人前で下着姿になるようなもの」と世論が考えるようになるのではないでしょうか。

 現在稼働しているライブハウスはほとんどないと思います。緊急事態宣言が解消されれば再稼働できるのでしょうか。ここで確認しておきたいのが緊急事態宣言の「意味」です。緊急事態宣言はあなたのために政府が発令したわけではありません。あなたのためではなく「社会のため」です。このままだと新型コロナの患者で病院があふれてしまい、他の疾患の治療ができなくなるために宣言が出されたわけです。「国民の6~7割が免疫を持てば......」という議論がよくあります。これは「6~7割が免疫を持てば社会が維持できる」という意味であって、あなたが感染しない、ということではありません。つまり、ワクチンや中和抗体のおかげで感染しない人が6~7割になったとしても、あなたが残りの3~4割に入るのであれば感染して重症化する可能性はあるわけです。それに上述したようにいったん感染した後に免疫が成立するかどうかも現時点では分かっていません。

 そういう意味で、ライブハウスが再稼働できたとしても元のように盛況する可能性は低いと思います。もちろんライブハウスだけではありません。宴会の自粛はこのまま続き、居酒屋、焼き鳥屋、寿司屋などを訪れる人数も元には戻らないでしょう。つまり、コロナ以前の社会にはもう戻らないと考えるべきなのです。もちろん、強力なワクチンや特効薬が開発されれば話は変わってきます。ですから私自身もそういったものに期待はしています。ですが、中和抗体ができて長期間有効なワクチンが開発される見込みは現時点では乏しいですし、遺伝子の変異がすでに報告されている以上、どの遺伝子型にも効く特効薬はそう簡単には期待できません。

 ではどうすればいいのか。まずすべきは「もうコロナ前の社会には戻らない」ことを認識することです。私見を述べていいのなら、この閉塞感を破るためにも「マスクのファッション化」を提案したいと思います。布マスクなら誰にでもつくれますし、ファッションセンスがある人なら「思わず身に纏いたくなるようなマスク」をつくることができるのではないでしょうか。アパレルメーカーはマスク売り場を正面に持ってくるのです。

 飲食店ができることは......、美容室がすべきことは......、試みるべきことはいくらでもあるはずです。私自身もいくつかのアイデアを持っていますが、門外漢のおせっかいになりますから控えておきます。

 最後にもう一度私見をまとめておきます。他人の前でマスクを外せなくなることで世の中がドラスティックに変化します。パラダイムシフトと呼べるレベルの変化が世界に訪れます。我々はポストコロナを生きていくしかないのです。


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第200回(2020年4月) 新型コロナ、緊急事態宣言下ですべきこと

 2020年4月7日、大阪府を含む7つの都府県で新型コロナに対する緊急事態宣言が発令されました。発令以降、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも、電話で、メールで、あるいは受診時に不安感を訴える人が少なくありません。なかには、早朝に電話をかけてきて(10時までは私自身が予約の電話ととるため、この時間を狙ってかけてくる人もいます)、不安なことを次々に話す人もいます。

 その気持ちは分かりますし、今回の緊急事態宣言はおそらく戦後生まれの人たち(もちろん私も含めて)にとってはこれまでの人生で最大の社会的危機だと思います。私は2005年にタイ南部のある県に戒厳令が発令されている最中に訪れたことがありますが、それほどの緊迫感は感じませんでした。ちなみに、タイでも現在全土に緊急事態宣言が発令され、県境では検問が実施されています。外国人は外出時にパスポート携帯とマスク着用が義務付けられ、夜間外出禁止令(例えば、バンコクは22時から4時、プーケットは20時から5時と県による異なっています)も出ています。タイに長年住む日本人は「多数の犠牲者がでたクーデターや戒厳令は何度も経験してきたが、これだけ生活を制限されるのは初めて」と言います。

 話を戻しましょう。まず最も大切なのは「落ち着くこと」です。不安なことが次々と出てくるでしょうし、(後述するように)専門家の言っていることもバラバラですから、いったい何を信じていいのか分からなくなることもあるでしょう。だからこそ谷口医院をかかりつけ医にしている人はメールや電話で相談されているわけです。なかには「何度もすみません」と断りを入れて連絡してくる人もいますが、そういった谷口医院への気遣いは一切不要です。

 2007年の開院以来、谷口医院では「困ったことがあればいつでもメール相談を」と言い続けています。実はこのメール相談、一部の医療者からはとても不評です。「メールでは正確なことが言えない」「訴訟のリスクがある」「そもそも無料でやるのがおかしい」などと言われるのです。ですが、私自身はやめるつもりはありません。

 患者さんのなかにも「いつも無料で相談に乗っていただいて恐縮します」という人もいますが、そのようなことは一切気にしないでください。そもそも医療機関は営利団体ではありません。我々は公的な存在であり、そして医療者は「公僕」であるということも、私が長年言い続けていることです。

 具体的な話をしましょう。まず、新型コロナはどの程度の脅威なのかをおさらいしておきましょう。1月に中国で報告が相次いだ時点ではまだ重症度がよく分かっていませんでした。「インフルエンザと変わらないのでは?」という意見もありました。しかし、現在ではインフルエンザなどとはまったく異なる脅威であるのは自明です。

 それを決定づけたのが2月7日、武漢中心医院の30代の医師・李文亮氏の死亡です。李文亮氏はいち早く新型コロナの存在に気づき、SNSなどで発表したところ、中国当局から「デマ拡散」の罪で処罰されました。氏の死亡後に中国当局は「烈士」の称号を与えました。烈士とは中国で自らの命と引き換えに国民や国家を守った者に与えられる褒章制度です。

 通常のインフルエンザで30代の医師は死にません。その後、武漢では20代医師や51歳の病院長も他界しました。つまり、2月の時点で新型コロナが侮ってはいけない感染症であることはすでに疑いようがなかったのです。

 しかし、この時点でもまだ楽観視する声がありました。よく引き合いに出されるのが、「日本ではインフルエンザで毎年数千人が死んでいる。新型コロナはまだ数十人だ。だから新型コロナはそんなに恐れる必要がない」という理屈です。しかし、20代や30代の医師が次々と死亡するインフルエンザなどありません。

 2月27日、ある大手メディアから私のところに電話がかかってきました。政府が突然発表した「全国の小中高一斉休校をどう思うか」というものです。この時点では小児の感染例の報告はわずかでしたし、小学生が高齢者に感染させたという事例もありませんでした。しかし、登場したばかりで教科書にも載っていない感染症についてすべてが分かるわけがありません。こういう時は慎重に物事を進めなければなりません。普段はマスコミの取材は受けないようにしているのですが、電話をかけてきたのが知り合いのジャーナリストであったこともあり協力しました。私のコメントは「休校はやむを得ない」というものです。

 ところが意外なほど、私の意見は医療者からも一般の方からも反対されました。医療者からは「エビデンスがない」、一般の人からは「子供の母親が仕事に行けない」というのが最も多かった反論です。しかし、登場したばかりの感染症に対してエビデンスなどあるはずがありませんし、「母親が仕事に...」というのは分かりますが、そんなことを言っている場合ではもはやなかったわけです。

 ただ、前回のコラムで述べたように、「結論」が正反対になったとしても医療者や専門家の考えていることは人によってまったく異なるわけではありません。正反対の結論となったとしても考えるプロセスは同じであり、一斉休校に反対した医師の意見もある程度理解できます。なぜなら、そういう医師も子供の感染や子供から大人への感染の可能性を否定しているわけではないからです。

 ここからは現実的な予防法について述べていきましょう。マスクについては前回述べたので省略しますが、「マスクで新型コロナは防げない」ことは確認しておきましょう。ではどうすれば感染を防げるか、ポイントは4つあります。

 1つは、咳やくしゃみをする人から遠ざかることです。といっても電車の中などでは誰かが偶発的に咳をする可能性があります。そんなときは手に持っている物やあるいは上腕でさっと鼻と口を抑えればOKです。

 2つめは「顔を触らない」です。「手洗い」が重要であるのは事実ですが、洗ったときはある程度きれいになったとしても、それでウイルスが完全にゼロになるわけではありませんし、手洗いの後、何かに触れてすぐに"不潔"になります。実際、新型コロナの院内感染は紙のカルテやタブレットが原因になったことが指摘されています。そういったものに触ることは避けられませんが、その手で顔を触らなければ感染することは理論的にあり得ないわけです。ちなみに、医学部の学生をビデオに撮って調べた研究では1時間に平均23回も顔を触っていることが分かりました。

 3つめは「うがい」です。ところが、新型コロナに対してはうがいの重要性を指摘する声が不思議なほど上がってきません。おそらくこの理由は2つあります。1つは新型コロナに関して「うがい群と非うがい群」に分けて効果を調べた研究がないこと、もうひとつはうがいの習慣がない海外からの報告がないことです。ですが、うがいが風邪に有効とする日本のデータはあります。この研究では水うがいが風邪予防に有効であることを示しただけではなく、当時は有効性があると言われていたヨード(注1)に風邪予防の効果がないことが示されています。

 コロナウイルスはインフルエンザやライノウイルス(風邪ウイルスの代表)に比べて、咽頭よりも鼻腔に病原体が多いことが明らかになっています。医学誌『Nature Medicine』2020年4月3日号に掲載された論文によると、コロナウイルスは咽頭よりも鼻腔に10,000倍以上多く棲息しているのです(インフルエンザもライノウイルスも1,000倍程度)。

 ならば理論的に、ガラガラのうがいよりも「定期的な鼻うがいが有効」ということになります。ただ、残念ながらエビデンスがありません。しかし諦めるのはまだ早い。通常「鼻うがい」というのは専用の器具を用いて生理食塩水を一定量使います。生理食塩水の量は多ければ多いほど有効であると考えられますが、大量の生理食塩水を調達するのは困難です。それに、従来の鼻うがいであれば専用器具を清潔な状態に保つのも困難です。

 そこで私がすすめているのが「谷口式鼻うがい」です(参照:「世界一簡単な「谷口式鼻うがい」」)。谷口式鼻うがいは水を大量に使いますが、その水はシャワー水ですからいくらでもごく安い費用で利用できます。また、器具は1本100円程度のシリンジで、少なくとも100回以上は使えますし、何度も洗浄できますから器具を清潔に保てます。コロナウイルスは他の風邪ウイルスと同様ほんの少しのウイルスが鼻腔粘膜に付着しただけでは感染が成立しません。鼻腔粘膜で増殖しやがて人の細胞に侵入していくわけです。であるならば、繰り返し(とっても1日2度が限界でしょうが)シャワー時に谷口式鼻うがいを大量のシャワー水でおこなえば新型コロナの予防になるはずです。

 4つ目は「治療」です。現在新型コロナに有効性が認められた薬剤はありません(参照:医療プレミア「新型コロナ 「効く薬」の候補は?」)。現在期待されているいくつかの薬剤も高価すぎるか簡単に入手できないものが大半です。ですが、使えるものがないわけではありません。

 ひとつは「麻黄湯」です。麻黄湯はインフルエンザを含めて風邪に有効とされています。副作用が少なく安い薬ですから新型コロナを含めて風邪に使わない手はありません。ただし「ごく初期」にしか利きませんから、症状が出てから医療機関を受診するのでは手遅れです。日ごろから携帯しておく必要があります。

 もうひとつは抗インフルエンザ薬です。抗インフルエンザ薬が新型コロナに有効とするエビデンスは一切ありません。ですが、新型コロナが話題になる直前、興味深い研究が報告されています。医学誌『Lancet』2020年1月4日号に掲載された論文で、「インフルエンザでなかったけれどもインフルエンザの様な症状を呈した患者に抗インフルエンザ薬が有効だった」とするものです。残念ながら、私が診た新型コロナの患者さんのなかに前医で抗インフルエンザ薬が処方されていた人がいましたが効果はありませんでした。しかし、この患者さんに抗インフルエンザ薬が処方されたのは発熱して4日経過してからでした。インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬は早期に使わなければならないのと同様、この患者さんにももっと早い時点で使われていればあるいは......、と考えたくなります。

 最後に新型コロナに関して私が最も重要と考えていることを述べておきます。それは「感染者を支援する」ということです。もはや誰が感染してもおかしくありません。あなたの知人や大切な人も感染するかもしれません。感染した人は世間からの冷たい視線に苦しんでいます。いわれなき差別を受けている人もいます。感染が発覚すれば会いに行くことは慎まねばなりませんが、電話やメールで連絡して、玄関に食料品や日用品を届けに行くことはできるはずです。「医療プレミア」のコラムにも書いたように新型コロナを社会で克服するには「譲り合いと絆」が絶対に必要です。

 緊急事態はまだしばらく続き、いつ解除されるかは未定です。「緊急事態」であったとしてもなかったとしても、谷口医院をかかりつけ医にされている人は不安なことがあればいつでも相談してください。これを読まれている方が谷口医院未受診で、他にかかりつけ医をお持ちでないのであれば、どうぞどのようなことでもご相談ください。

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注1:ヨードうがい液の代表が「イソジン」です。商品名を出して欠点を述べることは「上品な行為」ではありませんが、イソジンには風邪の予防効果がないというデータが15年前に出ているわけですから、製薬会社がイソジンの販売を続けるのなら、少なくともこれを覆すデータを出すべきだ、ということを私は15年前から言い続けています。尚、このグラフは私が毎日新聞「医療プレミア」に書いたコラムに載せています(同社の著作権でここには転載できません)。

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第199回(2020年3月) 新型コロナ、錯綜する情報

 新型コロナ(以下COVID-19)の混乱がおさまりません。科学的に間違った行動をとる人が少なくなく、いわれなき差別や諍いが生まれ、さらに医療者の発言も誤解されてもおかしくないようなものが見受けられるからです。

 一方、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)をかかりつけ医にしている人は、不安なことがあればメールや電話で相談し、受診時に困っていることを話されて、我々の説明に納得してもらっています。「もっと早く相談すればよかった」と言われることも多々あります。

 今回はCOVID-19について世間で流布している情報を整理したいと思います。ただし、明らかなデマ(例えば、COVID-19のウイルスは「お湯」で死ぬからお湯を飲めばいい、など)は除外します。まずはマスクについて取り上げましょう。

 先日、タクシーの運転手に教えてもらって驚いたのは「いくつかの薬局ではマスク目当てに開店前から行列ができる」ということです。そもそもマスクはそれほど有用な感染予防ツールではありません。このことを指摘しているメディアも少なくないわけで(例えば、私は毎日新聞「医療プレミア」で私自身が日ごろマスクをしていないことを述べました)、にもかかわらずマスクで行列ができるというのが不思議です。マスクが入荷しないことに腹を立てた客が店員に激しく詰め寄ることもあるとか......。

 あるときこの話を谷口医院の患者さんに話すと、「仕方ないんですよ。うちの会社ではマスクがないと出勤禁止って言われてるんです」とのこと。しかもマスクは会社で支給してくれないそうです。先述のコラムでも述べたように、マスクはまったく不要というわけではなく、人が密集する場所、例えば満員電車やライブハウスでは必要となります。実は、先述の毎日新聞のコラムで、「ライブハウスは注意」と書いたのですが、皮肉なことにこれが公開された直後に大阪のライブハウスでの集団感染が発覚しました。もっとも、ライブハウスではドリンクも楽しむのが普通ですから、初めから終わりまでマスクをするのは無理でしょう。

 マスクで店員に暴言を吐いたり、マスクをしていない人を非難したりするのは直ちにやめるべきです。マスクがなくても日常生活に問題はありません。ちなみに、私はマスクを持ち歩いていますが、めったに着けることはありません。ライブハウスなどには行きませんし、電車に乗るときは混雑する時間を避けているからです。マスクを携帯している理由は自分自身が咳をしたときに「咳エチケット」として必要だからです。ですが、前回のコラムでも述べたように私は過去7年間風邪をひいていませんから、実際にはマスクの出番はほとんどありません。

 ところでCOVID-19って、本当はどれくらい"怖い"感染症なのでしょうか。これの答えはそう単純なものではありません。どうやら世間では「とても怖い」と考える人と「全然大したことがない」と考える人に二分しているそうですが、ことはそんなにクリアカットに論じることはできません。おそらく「医師によって意見が違う」と嘆く人は、マスコミに登場して"分かりやすい"ことを言う医師の言葉を聞いているからだと思います。

 医学のことを論じるのはそう簡単ではありません。ですから、例えばテレビの短い時間で正確なことを述べよ、と言われればその医師がまともであればあるほど内容は分かりにくくなるはずです。ですが、テレビの番組制作者が好むのは「分かりやすく断定的にものを言ってくれる専門家」です。しかし、専門家としてはいい加減なことや誤解を生むような発言はしたくありません。これが、一般に「医師がテレビに出ることを嫌がる最大の理由」です(注)。

 話を「COVID-19はどれくらい怖いのか」に戻します。例えば中国ではデリバリーで食事をオーダーすると、料理した人と包んだ人の体温が送られてくるそうです(ネットで写真をみつけたのですが削除されていました)。また、中国では店員と顧客のやり取りが糸電話やロープが使われています(ネットで見つけたツイッターより)。

 フランスでは外出禁止令が発動し、米国では飲食店での飲食禁止や10人以上の集会の禁止が命じられているわけですし、イタリアではミラノのある大病院では60歳以上は人工呼吸器を使ってもらえないことが大手メディアで報道されています。60歳で日ごろ健康な人であれば、COVID-19に感染し重度の肺炎に進行したとしても、一時的に人工呼吸器を用いれば回復することが充分に期待できます。「60歳以上は見殺し」が続けられるのだとしたら、例えば60歳の優良企業の社長と59歳の殺人歴のある無職の者のどちらの命を救うべきか、という議論も必ず出てきます。我々はそういうレベルにまで来ているわけです。

 一方、日本の一部の識者は今も「COVID-19はインフルエンザを少し強くした程度。過度に恐れる必要もなければ学校を休校にする必要もない」と主張しています。海外での対応と日本人のこういった意見を聞くと、同じ病原体による同じ疾患による対策とは到底思えません。では、どちらの主張が正しいのでしょうか。答えは「双方とも正しい」です。

 最近は「日本の医療は遅れている。だから富裕層は海外で治療を受ける」という人もいるようですが、日本の医療技術が他国と比べて低いわけではありません。しかも世界的には驚くほど安い費用しかかかりません。お金がないから受診できないということは(絶対とは言いませんが)ほとんどありません。また、国民の平均的な清潔度が高く、民度も高く、いざとなれば(ある程度は)利他的になることができて秩序を守ります。このような国であれば、楽観論者の言うように通常の風邪予防の対策でかなりコントロールできます。

 一方、海外(の多くの国)ではそうはいきません。日本よりもずっと移民が多く(ただし、この点については日本の移民・難民政策が厳しすぎることが問題であり、日本は"遅れて"います)、良質な医療が全員に行き渡っているわけではありません。日本ほど民意度の高い国はそう多くありません。この意見には反論が多いかもしれませんが、世界に目を向けると識字率がほぼ100%の国はそう多くないのが現実です。

 しかし、日本は鎖国しているわけではありません。日本に住む外国人も決して少なくはありませんし、現在の騒動がどれくらい続くかは分かりませんが、これだけ広がったCOVID-19が(SARSやMERSのように)急速に勢いをなくすとも思えません。日本人はたとえ自身が海外に渡航しなかったとしても、世界の住人の一員という自覚を持つべきだと思います。

 現在数字で表れている日本の感染者数が実態を反映していないことは理解しておいた方がいいでしょう。3月22日時点で日本の感染者は1,054人で世界第22位、死亡者数は36人で世界第14位です。死亡者数は事実ですが、感染者数は検査をしていないからこれだけ少ないわけで、疑いのある人すべてに検査すれば、少なくとも数万人にはなると思います。そして、ここがポイントになります。もしも日本が感染者の実数を把握できれば、死亡率は驚くほど低値になります。つまり世界各国と比較して極めて高いレベルの治療ができていることが明らかになるはずです。

 個人的にはこれを世界にアピールすべきだと思っています。日本の医療技術が高いことを自慢する必要はありませんが、公衆衛生の向上に努め検査や治療の優先順位を的確におこなえば現在日本以外の国で恐れられているほどの恐ろしい感染症ではないことは訴えていいと思います。

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注:そんなことを言っておきながら、私自身も先日NHKの取材を受けて、そのインタビューシーンが放映されました。内容は「COVID-19を疑った患者が医療機関から診察拒否されている現状」についてです。この内容なら引き受けて問題ないだろうと判断したのですが、例えば「検査の対象を広げるべきか」「COVID-19はそんなに恐ろしいのか」といったコメントを求められるとするなら「テレビで短くコメントできるほど単純な話ではありません」と言って取材を断ります。


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第198回(2020年2月) 世界一簡単な「谷口式鼻うがい」

 2020年1月23日、毎日文化センターで開催した毎日新聞主催の私のミニ講演会で、最も多くの質問を受けたのが「鼻うがい」でした。この講演会の内容は、同紙「医療プレミア」の編集者が記事「「私は風邪薬を飲みません」 谷口恭医師講演」にしてくれて、それを読んだという人からも「その鼻うがいについてもっと教えてほしい」との声が届きました。そこで、今回はこの「谷口式鼻うがい」について少し詳しく説明したいと思います。

 谷口式鼻うがいの最大の特徴は、何といっても簡単なことです。おそらくこれより簡単な鼻うがいは他には存在しないと思います。方法は文字で説明するよりも実際に見てもらった方が簡単にわかりますので、まずはそのビデオ(YouTube)をご覧いただくのが一番いいと思います。ここではその補足をしていきましょう。

 まずは「なぜ鼻うがいか」ということから確認していきましょう。現在流行している新型コロナウイルスは、当初は「咽頭痛や鼻水といった上気道炎症状はほとんど起こらず、いきなり下気道症状(咳や呼吸苦)と高熱が出ることが特徴だ」と言われており、医学誌『LANCET』に1月に掲載された論文にはそのように記載されていました。

 ですが、その後軽症例やほとんど無症状である場合も多いことが報告され始めました。そして、興味深いことに、ウイルスは咽頭よりも鼻腔から多く検出されることが判りました。医学誌『New England Journal of Medicine』2020年2月19日号に掲載された論文「SARS-CoV-2 Viral Load in Upper Respiratory Specimens of Infected Patients(新型コロナウイルス感染者の上気道のウイルス量)」に詳しくまとめられています。

 この論文から分かるのは、新型コロナウイルスも通常のコロナウイルスや他の風邪をもたらす感染症と同様、まず鼻腔に感染する(少なくともそういう例が多い)ということです。新型コロナウイルスが騒がれだした1月は発症者が武漢市に限定されており、中国の医療事情を考慮すると、医療機関を受診したのは症状がそれなりに進んでいた人たちだったのでしょう。つまり肺炎に進行してから医師の診察を受けたために、より重要な臓器である肺(肺炎)の治療がおこなわれ、鼻腔のウイルスなどには注目されなかったと考えられます。

 つまり、新型コロナウイルスを含めて飛沫感染するタイプの感染症、つまりほとんどの風邪を考えたときに、最もきれいにしておかなければならないのは鼻腔、ついで咽頭ということになります。咽頭は普通の「ガラガラうがい」でもできますが、鼻腔は汚いままです。そこで鼻うがいが有効ということになります。問題は、どうやってするか、です。

 鼻うがいの効果が高いのは(鼻腔を直接洗えるわけですから)明らかだと思いますが、私が鼻うがいに固執したもうひとつの理由を説明しておきましょう。怪我をしたとき、例えば膝をすりむいたとき、私が子供の頃は赤チンを塗られました。これは激痛でした。その後「マキロン」のような消毒が主流となり、いつの頃からかその主役が「イソジン」に代わりました。ところがちょうど私が医師になった2002年頃に「コペルニクス的転回」が起こります。傷の消毒にはイソジンは無効どころかかえって治癒を遅らせることが判ってきたのです。では何が有効なのか。水です。受診された場合は生理食塩水を使うこともありますが、基本的に水道水で問題ありません。時間をかけて水で病原体を洗い流すのが最も有効なのです(参考:はやりの病気第10回(2005年6月)「キズの治療①」)。

 理論的に考えれば鼻うがいに風邪の予防効果があるのは明らかでしょう。ではなぜ普及しないのか。そして有効性を検証した論文がないのか。理由は2つあります。1つは「有効なのはわかっているけれども面倒くさい」ということ。もうひとつは、おそらく(ガラガラも含めて)うがいのような習慣があるのは日本くらいで他国では一般的ではなくエビデンスがないからだと思います。日本の医師(の多く)はエビデンスがないことに注目しませんし、面倒くささを考えると患者にどころか自分で実践するのにも抵抗があるわけです。

 もっとも、私自身も鼻うがいには長い間"抵抗"がありました。その理由は2つあって、ひとつは生理食塩水を用意するのがとてつもなく面倒くさいこと、もうひとつは専用のデバイス(例えばこういうタイプ)を用意することに抵抗があること、です。私自身は元々旅行が好きですし、学会参加などでよく出張にもいきます。荷物はできるだけ少なくしたいわけで、既存の鼻うがい用のデバイスを鞄に入れることに嫌気が差します。旅行中は鼻うがいを休むという方法もよくありません。なぜなら旅行中にこそ風邪をひくリスクが上がるからです。ですから、鼻うがいが理論的に有効なことは確信していましたが、現実的には無理だよな~とずっと思っていたのです。

 しかしあるとき、「シリンジ」を使ってみればどうだろう、とふと思いつきました。過去に薬物中毒を起こしたある患者さんと診察室で話をしているときでした。20代のその女性は、自殺する意図が本当にあったのかどうかは別にして大量に睡眠薬を飲み、それを家族に発見され救急搬送され、そこで胃洗浄がおこなわれたと言います。私も太融寺町谷口医院を始める前は夜間の救急外来での仕事が多く、胃洗浄は何十回と経験があります。管(チューブ)を鼻から胃に入れて、シリンジを使って生理食塩水を注入して吸引するという作業を繰り返します。その患者さんと話していたときにそのシーンがふと蘇り、「そうか、鼻うがいに応用すればいいんだ!」とひらめいたのです。

 鼻に水を入れるのが辛いのは、泳いでいるときに偶発的に水が鼻に入ってしまったときのことを思い浮かべれば明らかです。それが分かっていて意識的に吸い込むのは相当な勇気がなければできません。ですが、シリンジで勢いよく注入すれば一瞬で終わります。10mLのシリンジ(実際は13mLくらい入ります)なら1秒で注入できます。ただし、もしもそれで激痛が走るのであれば現実的ではありません。生理食塩水を使えば解決しますが、こんなもの出張や旅行に持ち歩くわけにはいきませんし、塩を持ち歩いてその都度生理食塩水を作るのも面倒です。

 では水道水でシリンジを鼻腔に注入したときに痛みはどれくらい生じるのでしょうか。これを初めて実戦するときは少し勇気がいりましたし、実際に少し痛かったのは事実です。ですが、その痛みは考えていたよりも小さくて、何回かおこなううちにゼロになりました。

 谷口式鼻うがいには「欠点」もあります。それは鼻腔に入れた水がそのあたりに一気にばらまかれますから人前ではできませんし、周りが汚くなります。つまり、このうがいはシャワールームでしかできないのです。ですから、実践できるのはせいぜい朝と晩の一日に2回だけです。私は仕事がら風邪症状のある患者さんと毎日何度も接しますから、そういった人を近距離で診察したときには次の患者さんを診る前にガラガラうがいと手洗いをしています。

 では「谷口式鼻うがい」の効果はどうなのでしょうか。エビデンスというものは比較対象が必要になりますから、そういうものはありません。たった1例の症例報告というものはエビデンスにはならないのです。それを断った上で私自身の話をすると、冒頭で紹介したミニ講演のときにも述べたように、私はこの鼻うがいを始めてから7年間一度も風邪を引いていません。それまでのガラガラうがいと手洗いだけだと必ずといっていいほど年に2~3回は風邪をひいていましたが、過去7年間はゼロです。この記録がどこまで続くかはわかりませんが、私は生涯この鼻うがいをやめないつもりです。なにしろ副作用ゼロですし、費用はごくわずか(シリンジはアマゾンで安く買えます)なのですから。それに、花粉症やその他アレルギー性鼻炎の予防にもなります。

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第197回(2020年1月) いろいろな「かぶれ」の総復習

 前回は、すっかり"当然"のようになってしまっている"遅延型食物アレルギー"に高額をつぎこむこようなことを避けてほしい思いから、食物アレルギーの複雑な点について解説しました。今回はその続編として「かぶれ」について事例を取り上げながら紹介していきます。
 
 かぶれの正式病名は「接触皮膚炎」で、文字通り皮膚と何らかの物質が"接触"することによっておこります。正確には接触皮膚炎には「アレルギー性接触皮膚炎」と「刺激性接触皮膚炎」に分けることができて、今回取り上げるのは「アレルギー性接触皮膚炎」の方です。「刺激性接触皮膚炎」というのは、改めて解説するような複雑なものではなく、刺激物に触れれば数分後にかゆくなる皮膚炎のことで"常識的な"ものです。石油に手をつっこんでしばらくすれば痒くなるのが典型例です。

 一方、アレルギー性接触皮膚炎はとてもややこしいものです。理解するのにはまず「基本」を押さえて、その後具体的な例を考えて、それから「例外的な」タイプを考えていきましょう。

 まずは基本からです。アレルギー性接触皮膚炎(以下、単に「接触皮膚炎」とします)とは「何か」に触れて「しばらくしてから」触れた部位に「湿疹」が起こります。基本的には「湿疹」であり、「じんましん」ではありません。「湿疹」と「じんましん」の違いを簡潔に説明するのは意外に困難なのですが、一番大切なポイントは「じんましんは出たり消えたりする」ということです。一方湿疹は一度出るとなかなか消えません。そして接触皮膚炎は通常じんましんではなく湿疹が起こります。まず、ここが一つ目の重要なポイントです(注1)。

 次に重要なのが「しばらくしてから」症状が出現する点です。その物質に触れてから2~3日してから湿疹が生じるのが典型ですが、何度も繰り返していると出現までの時間が短くなってきます。また、一部の物質では触れてからかなり時間が経過してから症状が出ることもあります。例えば「金」の場合、1か月近く経過して(いったん触れてから「触れない状態」が1ヶ月近く経過して)初めて症状が出ることもあります。一方、食物アレルギーでは、前回述べた遅発型食物アレルギーを除き(繰り返しますが"遅延型食物アレルギーではありません)、食直後に出現します。

 例を挙げましょう。食物アレルギーとしてのマンゴーアレルギーがある場合、食べた直後に口腔内の違和感が出現し、重症化する場合は息苦しさや全身のじんましんが生じます。一方、接触皮膚炎としてのマンゴーアレルギーの場合は2~3日してから症状が出ます。典型例は、マンゴーを行儀悪くかぶりついて食べたその2~3日後に口の周りがかゆくなる、というケースです。つまり「マンゴーアレルギー」には2種類あるのです。検査方法も異なり、食物アレルギーとしてのマンゴーアレルギーは血中IgE抗体を測定し(ただし、検査をすると陰性と出ることもあります。検査はあくまでも参考です)、接触皮膚炎の場合はパッチテストをおこないます(ただしマンゴーのパッチテストは一般的ではありません)。

 ここで接触皮膚炎をおこしやすい典型的な物質を挙げていきましょう。ジャンルにわけて簡単にまとめてみます。

〇植物:ウルシ(マンゴーもウルシの仲間です)、ブタクサ・キク(これらは花粉症の原因にもなります。花粉症と接触皮膚炎はマンゴーと同じようにアレルギーの機序が異なります)、サクラソウ(春になると毎年初診の患者さんがやってきます)、イチョウ(銀杏でも起こります)など。

〇金属:三大アレルゲンがニッケル、コバルト、クロム。金や銀でも起こります。太融寺町谷口医院の患者さんで言えば、ピアス、ネックレス、美顔器、ビューラー、(ジーンズなどの)ボタンなどが多いといえます。

〇毛染め:頻度では他を引き離して最多です(参考:はやりの病気第147回(2015年11月)「毛染めトラブルの4つの誤解~アレルギー性接触皮膚炎~」)。

〇生活用品:比較的多いのが眼鏡、手袋(有名なラテックスアレルギーは狭義の接触皮膚炎とは異なります。ラテックス以外の成分による接触皮膚炎はよくあります(参照:はやりの病気第149回(2016年1月)「増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?」)、シャンプーや冷感タオル(イソチアゾリノン)、スニーカー(繊維を付着させる糊が原因になることもある)、家具や建築物(ホルムアルデヒドが最多の原因)など。

〇外用薬(製品名は「」をつけています)

・鎮痛剤:「スタデルム」・「アンダーム」(これらが使われなくなってきているのはあまりにも接触皮膚炎を起こしやすいから)、「ボルタレンゲル」、「インテバン」

・湿布:ケトプロフェン(「モーラステープ」)

・抗菌薬:フラジオマイシン(かなり多い。これが含まれる「リンデロンA」も多い)、クロラムフェニコール(膣錠での発症が多い)

・抗真菌薬:「ラミシール」「メンタクッス」「ペキロン」「ニゾラール」など

・麻酔薬:「キシロカイン」(歯科医院受診数時間~数日後に起こる)

・その他:「レスタミン」「オイラックス」など

 接触皮膚炎の特殊型についてみていきましょう。

〇光アレルギー性接触皮膚炎

 アレルギーを起こす物質+紫外線で発症します。最多が湿布で、湿布単独でも接触皮膚炎は起こりますが(上記参照)、湿布を貼った部位に光があたって発症するタイプもあります。また、日焼け止めでも起こすことがあります。これは日焼け止めに含まれる紫外線吸収剤(主にメトキシケイヒ酸エチルヘキシル)が原因です。紫外線吸収剤は環境保護の観点から避けられつつあります。かぶれの視点からも紫外線散乱剤だけのものを選ぶ方がいいでしょう(参考:医療ニュース2018年7月30日「ハワイの日焼け止め禁止の続報~多くの日本製も禁止に~」

〇空気伝播性接触皮膚炎 

 直接触れているわけではないのに近づくと微粒子が皮膚に接触して起こるタイプの接触皮膚炎です。比較的多いのが香水です。自身が香水をつけていなくても香水の匂いを放っている人に近づけば症状が出る人もいます。次に多いのが線香です。これは(後述する)パッチテストで調べることができます。花粉症としての接触皮膚炎も空気伝播性接触皮膚炎に含めることがあります。

〇全身性接触皮膚炎症候群

 これは2つに分けて考えます。ひとつは通常の接触皮膚炎が全身に広がるタイプで、毛染め(パラフェニレンジアミン)が代表です。かぶれるのにもかかわらず、症状を我慢しながら使用し続けると全身に広がり、重症化すれば入院を余儀なくされることもあります。

 もうひとつは食べ物によるもので、私見を述べればこれが(広義の)接触皮膚炎で一番ややこしいものです。例えば、チョコレートを食べれば全身が痒くなる場合、チョコレートによる全身性接触皮膚炎症候群の可能性があります。なぜチョコレートでアレルギー反応が生じるかというと、カカオに含まれる金属が原因です(参照:食物に含まれる金属性アレルゲン)。チョコレートには先述した三大金属のニッケル、クロム、コバルトがすべて含まれていますし、他にマンガン、亜鉛、銅なども含有されています。ややこしいのは、チョコレートにアレルギーがあったとしても(狭義の)金属アレルギーのエピソードがないことも多く、またパッチテストをしても陽性反応にならないこともあるということです。尚、しつこいようですがこれは"遅延型食物アレルギー"ではありません。

 今、述べているのは「全身性接触皮膚炎症候群」ですが、局所的に生じる皮膚疾患もあります。例えば掌蹠膿疱症がそうです。この疾患は掌または足底(あるいは双方)に湿疹が生じる、ときに難治性の疾患です。重症例は全身に症状が及び高額な治療薬を用いることもあります。掌蹠嚢胞症の原因として、日本では「歯科金属が原因」と言われることがありますが(ただし実際にはそれほど多くない)、私見を述べればチョコレートが(原因とまでは言えなくても)悪化因子になっているケースは非常に多いと思います。また、掌蹠嚢胞症は禁煙するとピタッと治ることがあり、この原因はタバコに含まれるニッケルではないかと以前から個人的には思っています。尚、いまだに掌蹠膿疱症は稀な病気だと"勘違い"している人がいますが、昔からよくある疾患です(参照:はやりの病気第17回(2005年9月)「掌蹠膿疱症とビオチン療法」)。

 全身性であろうが、局所的なものであろうが、治りにくい湿疹や再発を繰り返す湿疹があって、アトピー性皮膚炎や尋常性乾癬などとは異なる場合は接触皮膚炎に関連したものである可能性を疑ってみるべきだと(私見ですが)考えています。また、アトピーや乾癬にこういった湿疹が合併していることもしばしばあります。

 接触皮膚炎の検査は「パッチテスト」であり、血液検査では分かりません。また、食物アレルギーや花粉症の検査に有用なプリックテスト、スクラッチテスト、皮内テストなどでも調べることはできません。そして、パッチテストには最低でも3日かかりますからあらかじめそのつもりで望まなければなりません(参照:「Q4 パッチテストをしてほしいのですが・・・」)。以前にも指摘したように、化粧品が使えるかどうかを検討するときに試しに手背などに塗ってみて15分間で症状がでなければ問題ないと考えている人がいますがこれは間違いです。貼りっぱなしの期間が2日、判定には最低でも3日、場合によっては1週間くらいたってから判定すべきこともあります。

 最後にもう一度繰り返しますが、食べ物が原因の接触皮膚炎および全身性接触皮膚炎症候群は"遅延型食物アレルギー"ではありません。

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注1:ただし蕁麻疹が起こる接触皮膚炎も皆無ではありません。稀ではありますが一部の物質で起こり得ます。ただし、この情報を本文に入れると非常に読みにくくなると考え、このように注釈で補足することにしました。最近増えている蕁麻疹型の接触皮膚炎はDEETと呼ばれる虫よけによるものです。蕁麻疹型接触皮膚炎は通常の(湿疹型の)接触皮膚炎に比べて早く症状が出現します。

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