はやりの病気

第191回(2019年7月) 複雑化する食物アレルギーと私の「仮説」

 他のアレルギー疾患に比べると、食物アレルギーは患者数が増え、またどんどんと複雑化してきています。喘息は吸入薬の普及でもはやほぼ完全にコントロールできるようになり、夜間に救急車を呼ばなければならないようなケースは激減しています。アトピー性皮膚炎は、タクロリムスの普及などでかつてのようなステロイドを繰り返し塗らなければならない例が大きく減っています。スギ花粉症やダニアレルギーは大勢の人が罹患していますが、舌下免疫療法の普及で「すでに治った」という人も増えてきています。

 一方、食物アレルギーは増加の一途を辿っているだけでなく、重症例も少なくなく(注1)、また「食べられないものがどんどん増えていく」という悲鳴も聞かれます。先日、あるLCCの客室乗務員から「搭乗拒否」を告げられたイチゴアレルギーのイギリス人女性について紹介しました(医療ニュース:2019年6月30日「イチゴアレルギーで搭乗拒否」)。このケースでは航空会社の対応に問題がありますが、実際に「乗ってはいけない」場合もあります。

 例えば、谷口医院では過去に「新鮮な海鮮料理が毎晩ふるまわれる数日間のクルージングに参加したい」という重症のアニサキスアレルギーの患者さんに「許可できない」と伝えたことがあります。この女性は「なにかあればエピペン(食物アレルギーが重症化したときの治療薬)を自己注射するからどうしても参加したい」となかなか譲らなかったのですが、重症化すればエピペンを注射すればOKというほど単純なものではありません。エピペンという注射は使用後に直ちに救急車を呼び、しばらくの間は病院で経過をみなければならないのです。海上で重症化すれば病院までの搬送にはヘリコプターを要請しなければなりません。

 増えている食物アレルギーとしてまず筆頭に上がるのが今紹介したアニサキスアレルギーです。「診断がついてないだけで昔から少なくなかった」という意見もあるのですが、私の印象で言えば重症化する例が増えてきています。このアレルギーは、重症化すればほとんどの魚介類が煮ても焼いても食べられなくなってしまいますので、可能な限り回避したいものです。

 個人的な考えですが、アニサキスアレルギーを防ぐにはアニサキス症の予防と胃炎の治療をしておくべきです。これについては、過去に毎日新聞の「医療プレミア」で書いたことがあるのでそちらを参照してほしいのですが、結論だけを言っておくと「生きたアニサキスが寄生している可能性のある食べ物を極力避ける」と「胃炎があるときは特に注意する」という方法で、実際私はきずしなど可能性のあるものは極力食べないようにしています。

 増えているアレルギーとして次に取り上げたいのが「ナッツアレルギー」です。このアレルギーが興味深いのは、ピーナッツやアーモンドなど1つだけがダメという人もれば、複数のナッツ類がダメという人もいることで、私が診てきた範囲でいえば一切の「法則性」がありません。例えば、カシューナッツが食べられない人のなかにもピーナッツはOKという人もNGという人もいます。ヘーゼルナッツもまた同様に、という感じです。ですから、これまでのエピソードをしっかりと問診して必要な検査を適宜おこない、今後どのナッツを食べるかを検討することになります。

 尚、ピーナッツアレルギーは従来の考えと異なり、現在では「母親は妊娠中にナッツを積極的に食べるべきで、出生後は、早期に積極的にナッツを食べさせた方がアレルギーを起こしにくい」ことが分かっています(参照:医療ニュース2015年6月29日「ピーナッツアレルギー予防のコンセンサス」)。

 ピーナッツアレルギーは重症化することが多く、なんとキスだけで死亡した例もあります。2005年、カナダの15歳の少女がボーイフレンドにキスしたことでアナフィラキシーショックを起こし他界しました。ボーイフレンドは直前にピーナッツバタースナック(peanut butter snack)を食べていたそうです。この事故を報道した「Chicago Tribune」によると、全米では毎年50~100人がピーナッツアレルギーで死亡しているそうです。

 この記事にはもうひとつ興味深いことが書かれています。それは、ピーナッツアレルギーが増加している理由として、ピーナッツオイルを含むベビークリームやローションが原因の可能性を指摘していることです。

 ここでピンときた人もいると思いますが、これはまさに我が国で社会問題となった「茶のしずく石鹸」が原因のコムギアレルギーと同じメカニズムです。「茶のしずく」が問題となったのは 2010年頃ですから、その5年前から似たような事象が海外で起こっていたということになります。

 このサイトで繰り返し指摘してきているように、これらは「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露仮説」で説明することができます。イラストにあるように、食べ物が皮膚から侵入するとアレルギーが成立し、その後は食べると様々な症状が発症するという「仮説」です。

 この「仮説」で説明できるこれまで本サイトで紹介してきた食物アレルギーは、コムギ以外には、魚(パルブミンやコラーゲン)、カンパリなどのコチニール、ビール、ココナッツ、牛肉やカレイ(ダニ及び一部の薬)、サーファーの納豆アレルギー(クラゲ)などがあります。ピーナッツも、唇や口の周りがあれているときにピーナッツバターが付着したというストーリーが考えられます。最近、オート麦のアレルギーが増えていて、これもオート麦エキス配合のスキンケア製品が原因ではないか、と私は疑っています。

 ラテックスフルーツ症候群という疾患があり、風船や医療用グローブなどのラテックス製品にアレルギーがあると、キウイやアボカドなどの食物アレルギーが合併します。私の経験上、この疾患はアトピー性皮膚炎とよく合併します。これはすなわち、ラテックスの成分が炎症のある部位に侵入しラテックスアレルギーとなり、ラテックスとかたちが似ているキウイやアボカドにもアレルギーが生じたと考えられるのですが、その逆もありえます。つまり手荒れなどがあり、その手でキウイの皮をむいてキウイエキスが皮膚から、あるいは口内炎などがある部位から侵入したというストーリーです。

 近年急速に増えているアレルギー疾患にPFAS(花粉食物アレルギー症候群)があります。目立つのが、ハンノキやシラカンバといった樹木の花粉症があると、様々な野菜や果物の食物アレルギーが起こる現象です。詳しくは過去のコラム「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」をみてもらいたいのですが、これを起こすと実に多くの食べ物が食べられなくなってしまいます。特に目立つのが、リンゴやモモ、ナシ、ビワといったバラ科のフルーツが食べられなくなるケースです。

 2019年6月、東京都大田区のビワを食べた11人の児童が救急搬送されたことが報道されました。この原因として私は、児童たちはハンノキやシラカンバといった樹木のアレルギーがありすでにPFASが成立していたのではないか、と考えています。実際、各公園の樹木を紹介している「公園情報センター」によれば、大田区の公園にはハンノキやシラカンバが植えられています。では、なぜ児童たちは樹木のアレルギーになったのか。まったくの推測ですが、風邪を引いて鼻粘膜や咽頭に炎症があり、そこから樹木の花粉が侵入したのではないでしょうか。

 先述したように、私は、アニサキスアレルギーはアニサキスが(生きていても死んでいても)胃粘膜の炎症部位に触れて発症する可能性を考えています。胃粘膜の炎症部位からアレルゲン(死んだアニサキス)が侵入するなら、鼻粘膜や咽頭粘膜の炎症部位からアレルゲン(花粉)が侵入する可能性もあると思います。

 つまり、私の「仮説」は、皮膚だけでなく、「鼻粘膜、咽頭、胃粘膜などにも炎症があればそこから食物もしくは花粉が侵入しアレルギーが成立する」というものです。突拍子もない考えかもしれませんが、可能性はあるのではないでしょうか。だとすると、すでにコンセンサスが得られている「食物アレルギーを回避するためにスキンケアをしっかりおこない湿疹を予防しましょう」という考えに加え、「風邪をひかないようにしましょう」「胃炎を起こさないようにしましょう」ということが言えます。

 食物アレルギーはいったん起こすと、治らないことが多く、治る場合もかなり時間がかかります。エビデンスはありませんが、湿疹だけでなく日ごろから体調管理に気を使うべきだというのが私の考えです。

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注1:他界された症例として、2012年に東京都調布市の小学5年生の女子生徒がチーズ入りのチジミを食べてアナフィラキシーを起こしたことは記憶に新しいと言えるでしょう。日本では1988年に札幌の小学6年生の男子生徒が給食のソバを食べて下校時にアナフィラキシーが生じ他界した例もあります。

参考:はやりの病気
第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」
第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」
第184回(2018年12月)「急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?」
第173回(2018年1月)「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」
第144回(2015年8月)「増加する野菜・果物アレルギー」



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第190回(2019年6月) 誤解だらけの膀胱炎の治療

 太融寺町谷口医院はオープンした2007年から「どのような症状やどのような悩みでもお話ください」と言い続けています。もちろんどんな治療でもできるわけではなく、診断がつかなかったケースや入院や手術などが必要な症例は病院や専門クリニックに紹介しています。どれくらいの患者さんを紹介しているかというと、2018年を例にとると、1年間での総受診者数が15,080人、入院・手術・専門医の診察が必要で紹介したのがそのうち137人、「紹介率」は0.9%となります。

 では99.1%の患者さんにどのような治療をしているのかというと、原則として、どの疾患もガイドラインに従った治療をおこなっています。ガイドラインが存在しない疾患も多々ありますが、その場合も「エビデンスのある標準的な治療」を基本としています。つまり「独自の検査・治療」は原則としておこなっていません。

 ただし「膀胱炎」は例外になると言えるかもしれません。といっても、私は膀胱炎に対して奇をてらった治療をおこなっているわけではなく、私の診断法及び治療法を感染症科の専門医、もしくは感染症に詳しい医師に話すと、ほぼ全員が同意してくれます。あえて喧嘩をふっかけるようなことはしたくありませんが、膀胱炎の治療についてはガイドラインの方が"過剰"なのです。

 実は、このことは毎日新聞の「医療プレミア」で指摘したこと(注1)があり、読者の方からの反響もそれなりにありました。その頃はまだ「医療プレミア」はまだ月に5本までは無料で読めていたのですが、現在は1本読むのも有料化されてしまっています。そこで、今回はそのときに述べたことを簡単にまとめてみたいと思います。

 まず、膀胱炎の前提として、原因のほとんどは細菌感染です。そして、次の2つが細菌感染の治療の原則です。

#1 細菌の種類を特定(または推定)し、重症度を判定する
#2 細菌の種類と重症度から抗菌薬の種類と投与量を決める

 ときどき「膀胱炎になったから抗生剤をください」とか、もっとひどい場合は「膀胱炎です。クラビットを5日分ください」という患者さんがいますが、そもそも膀胱炎かどうかは少なくとも尿を調べないと分かりませんし、細菌性膀胱炎が確定した場合も、上記の原則に従って抗菌薬を検討しなければなりません。

 今私は、「もっとひどい場合」とあえて失礼な言葉を使いましたが、このようなことを言い出す患者さんだけがおかしいのかといえば実はそうではありません。この患者さんの要望は、感染症の原理原則から完全に逸脱していますが、実はガイドラインに似たようなことが書いてあるのです。

 膀胱炎について書かれた日本のガイドラインとしてはいくつかあり、ここでは「医療プレミア」でも引き合いに出した日本化学療法学会のガイドライン標準医療情報センターのガイドライン、さらに日本産科婦人科学会のガイドラインを見てみたいと思います。

 どのガイドラインにも共通しているのは、抗菌薬にニューキノロン系と第3世代セフェム系(注2)が推奨されていることです。これらの2つには共に小さくない問題があります。ここではニューキノロンの問題をみていきます。

 まず、ニューキノロンというのは極めて強力な抗菌薬で安易に使ってはいけないものです。海外では、これらを使い過ぎた結果、薬剤耐性菌が多量に出現したことを反省し、現在はニューキノロンの使用は最重症例に限る方向にあります。英国ではニューキノロンの使用を控えることで耐性菌が減少したという報告もあります。

 米国泌尿器学会の提言では「合併症のない女性の膀胱炎に、安易にニューキノロンを使ってはいけない」とされています。「合併症」というのは、悪性腫瘍や未治療のHIV、重症の糖尿病といった「重症の病気」です。つまり、そういった重症の病気がない日ごろは健康な女性にニューキノロンは簡単に使ってはいけません、と警告しているわけです。

 これを受けて(かどうかは分かりませんが)日本化学療法学会のガイドラインにも「ニューキノロンは安易に使わない」と確かに書かれています。ですが、推奨する具体的な抗菌薬としてニューキノロンが書かれているのです! 問題はまだあります。ニューキノロンはそれだけ"強力な"抗菌薬(注3)ですから費用も高いのです。なかには1日あたり400円以上するものもあります。

 太融寺町谷口医院の診断と治療の話をしましょう。治療の話で言えば1日あたり数十円ですみます。これはペニシリン系、もしくは第一世代セフェム系を中心としているからです。もちろん安いという理由だけでこれらを処方しているわけではありません。先述した#1のように正確に診断することが不可欠です。

 そして、正確に診断するにはグラム染色をおこなえばいいのです。これにより細菌が大腸菌を代表とするグラム陰性桿菌なのか、ブドウ球菌などのグラム陽性球菌かが分かります。グラム染色の費用は3割負担で660円ほどです。しかも10分程度で結果が出ますし(当院を受診されたことのある方はお分かりだと思いますが)細菌と炎症細胞の様子をモニタで見てもらうことができます。

 つまり、単純な膀胱炎なら、グラム染色で原因の細菌と炎症の程度が簡単に分かり、そこから適切な抗菌薬の種類と量が簡単に推測できるわけです。これでほぼ100%治ります。発熱や背部痛などがあり重症化している場合はニューキノロンや点滴の抗菌薬を用いることもありますが、基本的には下腹部痛や残尿感だけならニューキノロンは不要です。要するに、日本のガイドラインが"過剰"なのです。私が考える膀胱炎の治療の1つめの「誤解」が「日本のガイドラインに従わねばならない」です。

 ちなみに、このグラム染色という方法は風邪(急性上気道炎)のときの抗菌薬の必要性を検討するときにも極めて有用ですし、怪我で皮膚に傷ができたときにもどのような細菌が感染したかを知る上で極めて便利です。私は医師になってから、このグラム染色の有用性を主張し続けています。ほとんどすべての医師が「それは有用だ」と同意はしてくれますが、残念ながらどこの医療機関でも実施しているわけではありません。その最大の理由はちょっと手間がかかる(といっても10分程度ですが)割に、保険点数が少ない(だから安い)からではないかと疑いたくなってきます。

 2つめの膀胱炎の治療に対する「誤解」は「薬局に相談する」です。私は常々、困ったことがあればいつでも相談してくださいと言っていますが、それと同時に、セルフメディケーションも勧めています。つまり、病院でなく薬局で相談するということも推奨しているのです。しかし、こと膀胱炎に関してはそのせいで重症化してしまうことがよくあります。巷には「ボーコ・・・」といったいかにも膀胱炎に効きそうな市販薬がありますが、これらは抗菌薬ではありません。こういった薬を飲んで医療機関受診が遅れて膀胱炎が重症化してしまうケースは決して少なくありません。この点は薬剤師に対し文句を言いたいところです。

 では今回のまとめです。

・膀胱炎のほとんどは細菌感染であり抗菌薬で治療する。したがって、薬局でなくかかりつけ医に相談する。(これを読んでいるあなたが薬局勤務の薬剤師なら、よほどの自信をもって細菌性が否定できなければ直ちに医療機関受診を勧めてください)

・膀胱炎が疑われれば、まずは細菌の種類と量を調べなければならない。

・細菌の種類と量を調べるには尿のグラム染色が最も有用。すぐに分かり、費用も安い。

・細菌の種類と量が分かれば適切な抗菌薬の種類と量が決められる。発熱や背部痛がなければほぼ100%安い抗菌薬で治療することができる。

・単純な膀胱炎で、日本のガイドラインで推奨されているニューキノロン(及び第3世代セフェム)が必要になることはほとんどない。

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注1:3週連続で下記のコラムを書いています。
2017年9月10日「日米でこんなに違う 膀胱炎の治療方針」
2017年9月17日「膀胱炎は"研修医レベル"の治療でOK?!」
2017年9月24日「膀胱炎治療にサプリや漢方がNGの理由」

注2:以前から「なぜ海外ではほとんど用いられない第3世代セフェムの内服抗菌薬が日本では多用されるのか」は多くの識者が指摘しています。私は「医療プレミア」(「第3世代セフェムはなぜ「乱発」されるのか」)で書いたことがあります。はっきり言うと、第3世代セフェムの内服抗菌薬はほとんど用がなくて、最近では一切の処方をやめる医療機関が増えてきています。

注3:ニューキノロン系の抗菌薬の代表が、クラビット、タリビット、シプロキサン、オゼックス、グレースビット、スオード、アベロックス、ジェニナックなど(すべて先発の商品名)です。

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第189回(2019年5月) 麻薬中毒者が急増する!

 ここ数年、私はことあるごとに「日本で麻薬中毒患者が急増する」と言い続けています。今のところ、私に賛同してくれる人は(医療者も含めて)ほとんどいませんし、私自身も自分の予想が外れてほしいと思っていますが、年々不安の程度が強くなってきています。

 まずは症例を紹介しましょう。初診の患者さんと私の会話で、最近こういう展開になることが増えてきています(似たような症例が多数あります)。

医師(私):他の医療機関でかかっていますか?
患者さん:はい。腰痛(首の痛み、膝の痛み、関節痛、頭痛なども)で近所のクリニック(病院)にかかっています。
医師(私):そちらで処方されている薬はありますか?
患者さん:あります。トラマール(ワントラム/トラムセット)です。
医師(私):どれくらい長いこと飲んでいるのですか?
患者さん:もうすぐ半年になります。
医師(私):そんなに長いこと飲んでもいいと言われているんですか?
患者さん:はい。特に期間についての説明は受けていません。
医師(私):副作用やその他注意点については何か聞いていますか。
患者さん:「よく効く薬だ」とは効いていますが、特に注意することは聞いていなかったと思います。

 トラマール・ワントラム・トラムセットという商品名の鎮痛薬はオピオイド系の麻薬であり、ヘロインやモルヒネと同じようなものです。副作用のみならず、依存性があることはしっかりと理解しなければならないのですが、その説明をきちんと聞かれていない患者さんが非常に多いのです。

 先に誤解を避けるために言っておくと、私は麻薬の鎮痛薬を全否定しているわけではありません。がんの末期にはなくてはならない薬剤であり、私自身も在宅医療の研修を受けているときには麻薬の高い効果を実感し、適切に使えば副作用や依存性を恐れる必要がないことがよく分かりました。しかし、末期がんの患者さんはそう遠くない時期に亡くなられます。

 一方、「症例」の患者さんのように腰痛や関節痛、頭痛の患者さんはそういうわけではなく、最近は20代の患者さんが飲んでいることも珍しくなくなってきました。こういう若い患者さんたちはいつまでこれらを飲み続けるのでしょう。

 ここで添付文書を見てみましょう。これら3つの薬(トラマールワントラムトラムセット)の添付文書をみると、ほとんど一字一句違いなく次の文言が記載されています。順番にみていきましょう。

連用により薬物依存を生じることがあるので、観察を十分に行い、慎重に投与すること。

長期使用時に、耐性、精神的依存及び身体的依存が生じることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には本剤の投与を中止すること。

 驚くべきことに、最も重要なこの「依存性」について、きちんと説明を受けてから処方されたという患者さんを私はほとんど知りません。添付文書を続けます。

薬物乱用又は薬物依存傾向のある患者では、厳重な医師の管理下に、短期間に限って投与すること。

 「薬物依存傾向のある患者」はどうやって判断するのでしょう。例えば喫煙者はこれに該当するのでしょうか。私の知る限りで言うと、喫煙がやめられないと言いながらこれら麻薬を内服し続けている患者さんは少なくありません。

 では「長期使用時」の「長期」とはどれくらいを指すのでしょうか。添付文書には次のように書かれています。

慢性疼痛患者において、本剤投与開始後4週間を経過してもなお期待する効果が得られない場合は、他の適切な治療への変更を検討すること。また、定期的に症状及び効果を確認し、投与の継続の必要性について検討すること。

 ようするに、4週間で効果判定をおこない、効果がある場合も「定期的に必要性について検討すること」を添付文書は命じているわけです。これにより、依存性が生じて問題が起こった時、製薬会社としては「そういうことがあるかもしれないから、ちゃんと添付文書で注意してるでしょ。我々の責任じゃないですよ」という「言い訳」ができます。ただ、ここで私が言いたいのは、製薬会社が医師に責任を押し付けているということではなく、処方が必要ならこの点を処方前に患者さんに理解してもらう義務が医師にあるということです(注2)。

 では麻薬依存になってしまうとどうなるのでしょうか。麻薬には「耐性」があります。つまり、次第に多くの量が必要になってくるのです。その結果何が起こるか。実は10年ほど前から米国ではこういった医薬品としての麻薬の消費量が急激に増え、そして実際に様々な問題が生じています。それも国を挙げて取り組まなければならないような大きな問題です。「犯罪」「静脈注射」「HIV感染」「C型肝炎」「平均寿命の低下」などです。

 「犯罪」とは麻薬の違法入手です。日本でも米国でも薬の処方量には制限があり、希望しただけの量を処方してもらえるわけではありません。そこで闇ルートで入手することを考える患者さんが出てくるのです。そして麻薬は内服よりも静脈注射の方が強い効果が得られます。麻薬の入手は違法ですが、針もそう簡単には手に入りません。すると、針の使いまわしが始まります。これによりHIV感染やC型肝炎ウイルスへの感染が起こるのです。そして命が失われていきます。

 CDC(米国疾病管理局)の報告によれば、2017年の一年間で薬物の過剰摂取で死亡した米国人は72,000人以上で、2016年から10%も上昇しています。そのうち68%(約48,000人)はオピオイドが原因です。2002年から比較するとオピオイドによる死亡者はおよそ4倍にもなっています。米国の平均寿命は3年連続で減少しており、その原因がオピオイドであることが指摘されています(注1)。

 現在「薬物」の世界的な流れは"合法化"です。ウルグアイに続き、カナダで大麻が合法化されたことが昨年話題になりましたし、ついに日本でも大麻解禁か、という声も一部には出てきています。一部の疾患に向けて開発された医療大麻は日本でも異例の速さで事実上使用可能になりつつあります。

 元号が変わったばかりで浮かれている日本では(私の知る限り)どこのメディアも報じていませんが、2019年5月8日、米国デンバーではなんとマジックマッシュルームが合法化されることが決まりました。Reuterは前日まで住民投票の結果は反対派が勝利すると報道していましたから私はこの結果に心底驚きました。もはや米国の薬物合法化の動きを止めることはできないようです。

 日本の未来がどうなるかは我々ひとりひとりが考えなければなりません。ちなみに、私自身は慢性疼痛(末期がんを除く)で困っている患者さんに麻薬を処方することはありません。一方で、他院でこれまで麻薬を処方してもらっていたが中止したい(依存を断ち切りたい)という患者さんに協力することはしばしばあります。ですが、減薬がむつかしいのも麻薬のやっかいな点です。添付文書には次のように記載されています。

本剤の中止又は減量時において、激越、不安、神経過敏、不眠症、運動過多、振戦、胃腸症状、パニック発作、幻覚、錯感覚、耳鳴等の退薬症候が生じることがあるので、適切な処置を行うこと。

 「適切な処置を行うこと」で済ませないでほしい!というのがこの文章を初めて読んだときに私が感じたことです。麻薬を断ち切ることを決意したものの、この添付文書にあるようなパニック発作や幻覚で苦しんだ人を診てきた私の経験から言えば、薬を売ったり処方したりする前に危険性を充分に周知させるべきなのです。

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注1:詳しくはNPO法人GINAウェブサイト「GINAと共に」(第151回(2019年1月)本当に危険な麻薬(オピオイド))を参照ください。

注2:本文で述べたようにこれら麻薬の添付文書には「4週間で効果判定」としていますが、医学誌『New England Journal of Medicine』に掲載された論文「Prevention of Opioid Overdose」によれば、使用歴のない人が高用量の麻薬を摂取するとわずか5日で依存症になります。

参考:医療ニュース2019年1月31日「慢性の痛みへのオピオイドの効果はわずか」

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第188回(2019年4月) ビタミンDが混乱を招く2つの理由

 2007年の開院以来、太融寺町谷口医院に寄せられる質問で最も多いもののひとつが「サプリメントの相談」です。これは、診察室で尋ねられるだけでなく、一度も受診したことがない人からメールで相談を受けることもあります。コンスタントに届くサプリメントの相談にも時代と共に"傾向"があります。

 2007年から数年間の間は「抗酸化」がひとつのキーワードであったようで、具体的にはビタミンCやビタミンE、あるいはβカロテン(カロチン)に関する質問が多かったのですが、2010年代に入ってからはビタミンDに関するものが増加し、ここ2~3年で言えば、サプリメントに関する質問の7割以上がビタミンD関連です。

 患者さんによって言うことは様々で、「長生きホルモン」「最強の抗がん剤」「うつ病が治る」「花粉症に有効」などという言葉を聞くこともあります。特に最近は、複数の人から「ビタミンDは栄養素というよりもホルモンなんですよね」と言われて、いつからそのように"格上げ"されたのかが不思議です。

 科学的に実証されていない治療をやっていけないわけではありません。エビデンス(科学的確証)は重要ですが、エビデンスに縛られすぎるのもまた問題です。ですが、ビタミンDについてはこれまで何度も大規模調査がおこなわれてきており、世間一般の人が期待するような結果は得られていません。

 ですが、その一方で、ビタミンDは毎日必要量を摂取することはとても重要であり、不足するといくつもの疾患のリスクが上昇します。では、果たして日本人は食品から適正量のビタミンDを摂取できているのでしょうか。このあたりの議論が最近"脆く"なってきています。今回は、適切なビタミンD確保を確証するにはどうすればいいか。そして、場合によっては一時的にでもビタミンDのサプリメントを摂取すべきかどうかについて考えていきたいと思います。

 私が医師国家試験の勉強をしていた頃、日本人の栄養素の摂取については、カルシウム以外はほとんどが基準量を摂取できているとされていました。改めてこの頃のデータをみてみてもその通りで、ビタミンDについては2001年のデータで次のようになっています。

基準値(必要な摂取量):男女とも5.5ug
実際の摂取量(男性):7.5ug
実際の摂取量(女性):6.9ug

 これをみると、サプリメントでの補強が不要なのは言うまでもなく、特に食事の内容に気を付ける必要もなさそうです。

 ところが、です。2019年3月22日、厚生労働省が公表した「日本人の食事摂取基準(2020版)」には非常に複雑なことが書かれています。同書の180から10ページに渡りビタミンDの必要量が長々と考察されているのですが、結論から言えば、いったいどれくらいのビタミンDが必要で、日本人がどれだけ摂取しているのかがよく分からないのです。

 同書が引き合いに出している日本内分泌学会・日本骨代謝学会が発表した「ビタミンD不足・欠乏の判定指針(案)」では、30ng/ml(上記のugとは単位が異なることに注意)以上でビタミンD充足としています。しかし、厚労省によると、この数値を採用すると、最近の疫学調査結果では欠乏/不足者の割合が男性72.5%、女性88.0%にも達することになり、現実を反映しているとは思えません。男性の7割以上、女性の9割近くがビタミンD欠乏で身体症状を発症しているはずがないからです。

 この報告書では同省は全国4地域での食事記録法の調査などから8.5ugというのを暫定的な基準としています。上記2001年のデータからは3ugも基準があげられたことになりますし、こうなると男女とも基準を満たしていない、つまりビタミンD不足ということになります。

 ビタミンDが語られるときに複雑になる理由はいくつもあります。ここでは私が考える「ビタミンDが混乱を招く2つの理由」を紹介したいと思います。

 ひとつめは「ビタミンDは紫外線からもつくられる」ということです。皮膚が紫外線を吸収すると体内でビタミンDが合成されるのです。ですから、例えば北欧やカナダのような冬にはほとんど日があたらない国であればサプリメントなどでの摂取も検討すべきという意見がでてきます。

 一方、日本では真冬でもそれなりに日照時間が長いですから、そういった高緯度の地域と同じように考える必要はありません。しかし、日本は南北に長い国であり、当然地域差があります。同書には興味深いデータが掲載されています。5.5ugのビタミンDを産生するために必要な日照曝露時間(分)が地域と月で算出されています。このデータによれば、「顔と両手を露出した状況」で7月の12時の那覇であればわずか2.9分で基準に達するのに対し、12月の15時の札幌では2741.7分も必要となります。これでは日本の統一した基準をつくることができません。

 それに、データの出し方が「顔と両手を露出した状況」としている点も気になります。光線過敏症などのない男性であればいいですが、女性に対しては現実的ではありません。太融寺町谷口医院では皮膚疾患を有する患者さんが多く、私は多くの人に「(少なくとも顔や首には)紫外線は一生浴びないくらいのつもりでいてください」と助言することもあります。紫外線には決して小さくない有害性があるのです。

 もうひとつのビタミンDが混乱を招く理由は、摂取できる食事が非常に限られている、ということです。つまり「バランスよく食べましょう」だけでは不十分な場合があるのです。具体的に、そして端的に言えば、ビタミンDを摂取できる食品は魚介類とキノコくらいしかありません。牛乳や肉のレバーなどにも含まれていますが、効率よく摂取しようと思えば魚介類とキノコを積極的に食べるしかないのです。ただ、この点は日本人には有利であり、魚介類もキノコも和食を中心とするならば十分な量がとれます。

 患者さんから「どんな魚介類を摂ればいいですか」と尋ねられたとき、私は「ひとつ挙げるなら鮭(サーモン)がいい」と勧めています。もちろん他にもビタミンDが豊富な魚介類はたくさんありますが、サーモンは比較的ビタミンDの含有量が多い上に、刺身、塩焼き、ホイル焼き、ムニエル、クリーム煮、シチュー、フライといろんな調理法があり(最近では)比較的安い(私が子供の頃はめったに食べられず鮭の代わりに鱒(マス)が食卓に上がっていました)という長所もあります。

 さて、冒頭で述べたサプリメントの是非の話をしましょう。結論から言えば、特別な病気(副甲状腺の異常や骨粗しょう症)を有している人やビーガン(最も厳しい食事制限をするベジタリアン)の人以外には私がビタミンDのサプリメントを勧めることはありません。ビーガンについては過去のコラム(「サプリメントや健康食品はなぜ跋扈するのか」)でも述べました。

 そのコラムでも述べたようにビタミンDの質問をする人は、健康のことに詳しく、積極的に情報を得ている傾向があります。ですが、そのような人たちもエビデンスという観点からはあまり検討されていません。医学誌『Lancet Diabetes & Endocrinology』2014年1月24日号(オンライン版)に掲載された論文(下記「医療ニュース」参照)でビタミンDのサプリメントの大規模調査がまとめられています。サプリメントの有益性がほとんどないことがこの調査から明らかです。

 ビタミンDのサプリメントを購入するのはもうやめにして、そのお金でサーモンとキノコを食べませんか......。どうしても気になるという人は25-ヒドロキシビタミンDの血中濃度を測定してみてください。ほとんどの人は不安感が払拭されるはずです。

参考:医療ニュース
2014年2月28日「ビタミンDのサプリメントに有益性なし」
2019年1月31日「ビタミンDで心血管疾患のリスクは低下しない」
2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」



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第187回(2019年3月) 誤解に満ちた花粉症情報

 過去の「はやりの病気」で最後に花粉症を取り上げたのは第53回の2008年1月ですから、それからはや11年が経過したことになります。改めて当時の文章を読んでみると、自分が書いたものなのに、今患者さんに伝えていることと比べて大きな差があることに気づきます。

 2008年当時、私が書いた要点をまとめてみたいと思います。

・予防は重要だが限度がある。「帰宅後すぐにシャワー」は実際には困難
・免疫療法はいい方法だが危険性があり安易に勧められない
・中心となる薬は抗ヒスタミン薬とステロイド点鼻薬

 現在の私が患者さんに説明していることを上記と対比して述べてみます。

・予防が一番重要。面倒くさくても「帰宅後すぐにシャワー」を勧める
・免疫療法は最強の治療法。舌下免疫療法は危険性が極めて少ない
・抗ヒスタミン薬、点鼻ステロイドに加え、抗ロイコトリエン拮抗薬を積極的に使用

 花粉症に限らず、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では開院以来治療方針を変えたことはなく、どのような疾患も「予防」が重要であることを繰り返し述べてきています。花粉症に対しても方針は同じなのですが、年々予防の重要性を強調するようになってきました。

 その最大の理由は「多くの重症例に遭遇してきたから」です。前回コラムを書いてからの11年間で多くの重症の患者さんが受診されました。ガイドラインに従い治療をおこなっても限度があり、次は内服ステロイドを使うしかない...、というところまで進んだ患者さんも過去に何人かいました。

 ですが、ここで内服ステロイドを用いるのではなく、もう一度原点に戻って「花粉対策」をしてもらうと劇的に改善することが何度もあったのです。特に、「帰宅後すぐにシャワー」は、11年前には「現実的でない」と書きましたが、やはりこの効果は絶大です。少し外出しただけで髪を湯で洗うというのは、特に髪の長い女性だと本当に大変です。もっと困るのが、例えば4人家族で自分だけが花粉症という場合です。他の3人が花粉を部屋に持ち込むことを避けねばなりませんから、3人にも「帰宅後すぐにシャワー」をお願いせねばなりません。ですが、これを実践できれば症状が劇的に改善することもよくあるのです。

 シャワーの際には「鼻うがい」も勧めています。専用の器材を買ったり生理食塩水をその都度用意したりするのは大変ですから、私は「シリンジでぬるま湯」を勧めています。シリンジとはプラスティック製の注射筒のことで、薬局には売っていないようですが、Amazonなどネット通販で購入できます。これでシャワーのお湯を吸い取って、片方の鼻を指でおさえてもう一方の鼻腔に一気に注入するのです。鼻腔に侵入した花粉を洗い流せるだけでなく、風邪の予防にもなります(ちなみに、私はこの鼻うがいを2012年の12月に始めてから一度も風邪を引いていません)。

 シャワーや鼻うがい以前に空気清浄機は必需品ですが、意外なことに、それなりに重症の人でも「置いていない」と言われることがあります。そして、実際、「どんな薬でもよくならない」と言っていた人が「空気清浄機を置いただけで激変しました!」と報告しに来られたことも何度かあります。

 次に「免疫療法」の話をしましょう。2008年の時点では「舌下免疫療法」はまだ研究レベルでしたが、2014年から保険診療が開始されました。注射に比べて安全性が高いことは論を待たないのですが、「本当に効くのか」という声がありました。しかし、谷口医院の患者さんでいえば開始してから3年以上経過した半数以上の人が「今年は症状がほぼゼロ」と言っています。当初の予想よりもかなり成績がよさそうです(一方、ダニの舌下免疫療法では「劇的に改善した」と言う人は現時点では少数です)。

 免疫療法は注射でも可能ですが、少なくともスギに関しては舌下でこれだけ効果が出ているわけですから、注射による免疫療法はますます下火になっていくでしょう。

 注射と言えば、今年は「注射で花粉症を治したい」という声が、例年の数倍はあります。なかでも、「ステロイドを打ってほしい」という声が次から次へと寄せられます。ケナコルトなどのステロイドを1回注射すると1ヶ月程度は花粉症の症状がほぼ消失することから90年代にはしばしばおこなわれていましたが、危険性が高すぎてこれは「絶対にやってはいけない治療」と認識すべきです。過去には強い副作用で生活に支障をきたし、裁判になった例もあります。この場合、患者さんが注射した医師を訴えればほぼ確実に医師が敗訴します。にもかかわらず、これだけ要望が多いのはなぜなのでしょう。しかも、例年このリクエストをされるのは、水商売の仕事をしている人が多いのですが、今年は、一般企業で働く人や学生、専業主婦などからの要望が目立ちます。これはおそらくSNSでそういった情報が広がっているからなのでしょう。

 花粉症の注射で年々リクエストが増えているのが「ヒスタグロビン+ノイロトロピン」の皮下注射です。これは、たしかに危険性はほとんどなく、保険診療が認められ費用も安く(1回300円程度)、やはりSNSなどで評判がいいようで、谷口医院にも頻繁に問い合わせがあります。保険診療が認められている安全性の高い治療ですから、要望があればそれに応えるようにはしていますが、この治療はガイドラインに掲載されていないものです。つまり安全性が高いのは事実ですが、有効であるとする高いエビデンス(科学的確証)がないのです。ですから、谷口医院ではこの注射を実施するにしても、ガイドラインどおりの治療と並行しておこなうよう助言しています。

 ガイドラインで推奨されている内服薬の抗ロイコトリエン拮抗薬は非常にすぐれた薬剤ですが、2008年当時は花粉症に対してまだ保険適用がなく使えませんでした。当時から気管支喘息には適用があったために、喘息と花粉症の双方がある人にはとてもいい薬剤でした。この薬が花粉症にも使えるようになってからは治療がぐっとおこないやすくなりました。特に1日1回寝る前に飲むタイプの「モンテルカスト」は、眠気などの副作用もほとんどなく(ただし一部の薬とは飲み合わせが悪く注意が必要)、即効性はありませんが、継続して使用すると安定した効果が期待できます。

 最後に谷口医院を受診されている患者さんの特徴を紹介しておきます。もともと谷口医院でアレルギー疾患を積極的に診ようと思ったのは、開院前の私の経験がきっかけです。まだ「総合診療」という言葉が一般的でなかった頃から、私は多くの病院・診療所、そして多くの「科」で研修を受けていました。そこで感じたのが「縦割り医療」(「科」ごとの医療)の欠点です。例えば、耳鼻科に花粉症で受診した人は、鼻症状(と結膜炎症状くらい)は診てもらえますが、皮膚は診てもらえない(花粉で顔面に湿疹が起こることは珍しくない)のです。一方、花粉で湿疹が起こる人が皮膚科を受診すると、もちろん皮膚は診てもらえますが同時に生じている咳は相談できないのです(花粉が原因で咳や咽頭痛が生じることはよくある)。

 忙しい患者さんがいろんな診療科を受診しなければならないのは現実的ではありません。特に花粉症は多彩な症状を呈しますから、もしも臓器別に診療科を受診するとなると、眼科、耳鼻科、皮膚科、呼吸器内科のそれぞれに行かなければならなくなります。花粉が原因で微熱、倦怠感が生じることもあります。花粉が原因と断定できないけど不眠で悩まされる、といったこともあるでしょう。これらをすべて相談できる医療機関が絶対に必要と考えたために、開院前からアレルギーを総合的に捉える癖をつけていたのです。

 谷口医院に研修・見学に来る研修医や医学生に「GP(総合診療医)はアレルギーをトータルで診なければならない」と口うるさく言っているのはこのような理由からなのです。

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