はやりの病気

第186回(2019年2月)子供を襲う重症感染症エンテロウイルスD68の謎

  前回の「はやりの病気」ではWHOが「2019年の世界の10の脅威」(Ten threats to global health in 2019)を発表したという話をしました。その10項目を簡単に振り返っておくと次のようになります。

#1 大気汚染と地球温暖化
#2 非感染性疾患(主に生活習慣病)
#3 インフルエンザ
#4 脆弱な環境(干ばつ、食糧不足など)
#5 薬剤耐性
#6 エボラウイルスなど高致死性の感染症
#7 脆弱な公衆衛生
#8 ワクチンへの抵抗
#9 デング熱
#10 HIV

 今回は、まずCDC(米国疾病対策センター)が発表した「2018年の健康上の脅威」について紹介したいと思います。

#1 麻薬などの薬物過剰摂取
#2 食中毒(2018年、米国ではロメインレタスの大腸菌感染が注目されました)
#3 AFM(急性弛緩性脊髄炎)
#4 エボラ出血熱
#5 C型肝炎ウイルス
#6 性感染症
#7 自殺
#8 生活習慣病 
#9 他国の公衆衛生
#10 薬剤耐性
#11 結核

 WHO、CDCの両者を比べると、まず感染症の多さが目立ちます。WHOでは10項目のうち6項目が、CDCでは11項目のうち7項目が感染症です。興味深いことに、両者に共通して挙げられているのはエボラウイルスと薬剤耐性の2つだけです。

 そろそろ本題に入りましょう。今回お話するのはCDCが3番目に挙げているAFM(急性弛緩性脊髄炎)です(ここからは単に「AFM」とします)。

 この疾患、メディアではあまり取り上げられませんし、頻度としてはさほど多いわけでもないのですが、いまだに原因もはっきりとわかっておらず治療法もないために非状に厄介な疾患です。そして、これについては過去の「はやりの病気」第150回(2016年2月)「エンテロウイルスの脅威」で一度紹介しています。

 まず、簡単にこの疾患をまとめておきます。

 2014年夏、米国で突然エンテロウイルスD68(以下「EV-D68」)による重症呼吸器疾患の報告が相次ぎました。その後手足が動かなくなるような神経症状が生じる例が多く、これらはAFM、または急性弛緩性麻痺(AFP、以下「AFP」とします)と診断されました。2015年1月15日までに、呼吸器疾患を発症してEV-D68が検出された患者は49州で1,153人(AFM/AFPを発症していない患者も含めて)となり、うち14人が死亡しました。

 米国での流行開始からおよそ1年後の2015年8月、日本でも麻痺症状(手足が動かなくなるなどの神経症状)を有するEV-D68の報告が突然急増しだしました。厚生労働省は、2015年10月21日、「急性弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼)」という事務連絡を発令し、全国の小児科医療機関に依頼をおこないました。

 日米とも突然患者数が増えだし、しかも治療法がない重症化する疾患です。これ以上増加するようなことがあれば両国とも国中がパニックになることが予想されました。ところが、その後感染者の報告は減少していきました。

 ところが、です。いったんおさまりかけていたEV-D68によるAMFが2018年に日米両国で再び増加しだしたのです。

 ここでいったん言葉を整理しておきます。AFMのMは「脊髄炎(myelitis)」で脊髄の炎症を指しますが、麻痺症状も呈します。つまりAFMはAFPの一部(AFM<AFP)です。AFMはEV-D68によるものだけでなくポリオウイルスやD68でないエンテロウイルス(例えばエンテロウイルスA71)なども含みます。AFPに含まれるがAFMでない疾患にはボツリヌス症やギラン・バレー症候群があります。この時点ですでにかなりややこしいですが、さらに話は複雑になります。一応診断基準はあるのですが、「脊髄の炎症」を証明するのは簡単ではなく、AFMに入れていいかどうか判断に困るAFPもあります。それから、これは私の印象ですが、米国の方が日本よりも積極的にAFMの診断をつけているように思えます。もっとややこしい話をすると、EV-D68による麻痺症状は通常の麻痺のように左右対称とならないケースが多いことが報告されています。片側の麻痺だと乳幼児の場合は診断が困難になり、重症例もありますが軽症もありますから、診断がついていないケースも日米ともそれなりにあるのではないかと私はみています。そして、症状と状況からEV-D68感染が疑われるのに、いくら調べてもこのウイルスが検出されないケースもそれなりにあります。

 複雑すぎて書いている私が混乱しそうになるほどです......。こういうときは思い切って簡略化しましょう。重要なのは、1)EV-D68が原因の可能性のある麻痺症状を呈する重篤な感染症が小児の間で3~4年ぶりに流行した、2)治療法はなく重症化する例がある、という2つです。

 どれくらい増えているかを確認しておきましょう。CDCのサイトによると、2018年1年間で215例のAFMが確定されています。症状から疑われた例は合計371例あったようです。それまでのAFM確定例は、2014年120例、2015年17例、2016年39例、2016年16例です。つまり、大きく話題になった2014年の3倍以上のケースが2018年に報告されているのです。

 日本はどうでしょうか。日本では届出がAFMではなくAFPとなっているために、単純に米国とは比較できないのですが、流行が始まった2015年が115例で、2018年はそれを上回る136例(12月16日まで)が報告されています。

 では、CDCが2018年の健康上の「脅威」として取り上げたこの疾患を防ぐ方法はないのでしょうか。すべての症例でEV-D68が検出されたわけではありませんから、依然原因も"不明"と言わざるをえません。ということは、当然ワクチンはありません。ではどうすればいいのでしょうか。

 CDCが公表している一般向けの案内から抜粋してポイントを紹介しておきます。

 まず、AMFを発症した患者の90%は麻痺症状が起こる前に風邪の症状を呈しています。ということは、一般的な「風邪の予防」が大切ということになります。実際CDCは、通常の風邪と同様、手洗い、不潔な手で顔を触らない、風邪症状を有している他人に近づかない、といった一般の対処法を推薦しています。

 次に神経症状が出現すれば直ちに医療機関を受診することが必要です。具体的には、手足を動かしにくい(片側でも)、眼球が動かない、まぶたが落ちてくる、飲み込みにくい、声を出しにくい、などです。治療のガイドラインはなく画一した治療法はありませんが、(小児)神経内科専門医により個別に対応した治療をおこなうことになります。理学療法や作業療法といったリハビリが有効なこともあります。

 日米ともAMFが流行りだすのは夏です。インフルエンザの流行が去った後も、手洗いが重症なことは変わりません。

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参考:毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-
手足口病のウイルスが世界の脅威へ エンテロウイルスの謎【前編】(2016年2月28日)
日本でも次第に増大するリスク エンテロウイルスの謎【後編】(2016年3月6日)


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第185回(2019年1月) 避けられない大気汚染

 四日市ぜんそくを代表とする大気汚染が社会問題となったのはもはや遠い昔の話で、今や日本は「世界で最も空気のきれいな国」と呼ばれることすらあります。私の知人の外国人は、口をそろえて「東京は空気がきれい」と語ります。東京に限らず日本国内では工場のせいで空気が汚染されていると感じることなどほぼ皆無です。

 一方、海外に行くと空気の汚さに辟易としてしまうことが多々あります。そして、「海外」とは中国や東南アジアだけではありません。欧米諸国であっても東京と比べると空気は汚れていて、それを裏付けるデータもあります。

 医学誌『The Lancet』2018年11月14日号(オンライン版)に「ロンドンの低排気ガス地域における空気の質と子供の呼吸の研究(Impact of London's low emission zone on air quality and children's respiratory health: a sequential annual cross-sectional study)」というタイトルの論文が掲載されました。

 この研究の対象はロンドン在住の小学生2,164人です。ロンドンでは2008年に一部の地域が「低排気ガス地域」(low emission zone)に指定されており、そこに住所がある小学生に対し、2009年から2014年に肺の機能と排気ガスの関係が調べられています。

 結果、5年間で肺活量が5%も低下していたことが分かりました。ここで言う肺活量は正確には「努力性肺活量(forced vital capacity)」 で、医療者がFVCと呼んでいるものです。喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)があり、息を吸ったり吐いたりする検査を受けたことがある人はこのFVCという単語を聞いたことがあるかもしれません。簡単にいうと、胸いっぱい空気を吸い込んだところから思いっきり一気に吐き出したときの空気の量のことです。これが5%も低下したというのはとても大きな問題です。老人が長年の喫煙のせいで低下したのなら仕方ありませんが、これは小学生の話です。スポーツで不利になるのは明らかですし、この時期にこれだけの低下があるということは将来、肺の病気のリスクが増加するに違いありません。

 そして、この研究は「低排気ガス地域」でのものです。この地域における微粒子の測定では5年間でわずかではありますが改善しています。つまり空気が少しはきれいになっているということです。にもかかわらず小学生の呼吸機能は低下しているのです。ということは、依然規制がないところではさらに悪化していることが予想されます。

 私はロンドンには90年代後半に一度行ったことがあるだけですが、そのときの記憶では、空気はきれいとは言えないにしても不快極まるとまでは感じませんでした。少なくとも、現在のバンコクやホーチミン、上海などよりははるかにましです。

 太融寺町谷口医院の患者さんは若い人が多いため、出張や観光などで海外に行く人が多数います。そして、喘息や慢性気管支炎がある患者さんのなかに「渡航すると必ず悪化する」という人が少なくありません。実際、世界で最も大気汚染がひどいと言われているインドと中国では、それぞれ年間161万人、158万人が大気汚染により死亡しているという報告もあります。

 IHME(Institute for Health Metrics and Evaluation)の報告によれば、世界では毎年550万人が大気汚染により死亡しています。

 そして、偶然にもこのコラムを書いているとき、WHOが「2019年の世界の10の脅威」(Ten threats to global health in 2019)を発表しました。その筆頭に挙げられているのが「大気汚染と温暖化」(Air pollution and climate change )です。ちなみに残りの9つは、非感染性疾患(Noncommunicable diseases)、インフルエンザの世界的流行(Global influenza pandemic)、脆弱で心許ない環境(Fragile and vulnerable settings)、 薬剤耐性(Antimicrobial resistance)、エボラウイルスなどの高致死率の感染症(Ebola and other high-threat pathogens)、脆弱な公衆衛生(Weak primary health care)、ワクチンへの抵抗(Vaccine hesitancy)、デング熱(Dengue)、HIVです。

 大気汚染と温暖化についてのWHOのコメントをまとめてみます。

・世界の10人に9人が汚染された空気を毎日吸っている

・大気汚染は2019年の最大の環境リスクである

・汚染された大気に含まれる微粒子は肺から吸収され全身に及び、肺疾患の他、心疾患、脳疾患を発症させる。がん、脳卒中などの原因にもなり年間700万人の命を奪っている

・死亡者の9割は低所得もしくは中所得の国に住む人たちである。こういった国の大気汚染は、工業、輸送、農業のみならず、家庭で用いる不衛生なコンロや燃料も原因となっている

・大気汚染は地球温暖化の主たる原因でもある。2030年から2050年の間に、毎年25万人が地球温暖化により生じる疾患、すなわち、低栄養、マラリア、下痢、熱中症などで死亡する

・パリ協定がすべて遵守されたとしても今世紀に3度の気温上昇が生じる

 これを読むと「パリ協定を離脱する」と宣言している"かの大国"に「もう一度考え直してください」と訴えたくなります。

 日本はどうでしょうか。今のところ、冒頭でも述べたように、日本は世界で最も優秀な国とみられています。ですが、毎年春になると黄砂とPM2.5が大陸からやってきます。残念ながら自然にやってくるものに対してはなす術がありません。PM2.5は中国の工業化が主な原因とされていますが、同国に厳しい規制を求めるのは政治マターですから簡単には進まないでしょう。黄砂については砂漠などから自然発生するものですから、政治的に解決できる問題ではありません。

 では我々日本人は大陸からやってくる黄砂やPM2.5に対してどのような対策をとればいいのでしょうか。できるかどうか別にして、リスクが高いのは北・東日本より西日本、太平洋側より日本海側ですから、これらを考慮して居住地を選ぶという考えもでてきます。実際、喘息の患者さんから「福岡に住んでいるときは辛かった」と聞いたことがあります。福岡県の病院を対象とした研究で、黄砂で脳梗塞のリスクが1.5倍にもなるというものもあり、これは過去の記事で紹介しました。

 私は以前から福岡県が好きなので、幾分ひいき目に見てしまうのかもしれませんが、福岡滞在時に大気汚染が気になったことはありません。しかしながら、私の経験で言えば、福岡同様に魅力的な鹿児島で、早朝ランニングをしているときに息苦しくなり、ハードコンタクトレンズをしている目に激痛が走ったことがあります。この原因は黄砂でもPM2.5でもなく「火山灰」です。

 となると、気になるのは鹿児島県での実際の健康被害の報告です。調べてみると、因果関係は分かりませんが、鹿児島県は人口あたりの喘息罹患率が全国2位、脳梗塞は全国7位とするものがあります。脳梗塞については、あの濃い味(でも美味しい!)が主要な原因かもしれませんが、火山灰が原因の微粒子(PM2.5)も関与している可能性があるのではないでしょうか。ただ、個人的には鹿児島はそういったことを差し引いても魅力のある土地だと思っています。ちなみに、どうでもいい話ですが、鹿児島ファンの私は「与論島慕情」を今もフルコーラスで歌えます...。

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第184回(2018年12月)急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?

 「サバアレルギーだと思います」と言って受診する人を診察すると、実際にサバアレルギーであることは稀であり、他の原因であることが多い、という話を以前書きました(はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。

 そのコラムで述べたように、サバアレルギー疑いの「真犯人」で多いのは、①アニサキスアレルギー(当院ではこれが最多)、②ヒスタミン中毒、③パルブアルブミンなどによるアレルギー(ここからは「魚アレルギー」とします)です。①②は昔から多くあり、珍しいものではないのですが、③については(私の印象では)ここ数年で急激に増えています。

 特に根拠があったわけではないものの、「赤魚の煮つけを食べて蕁麻疹」というエピソードを持つ小学生を立て続けに診た経験があり、魚アレルギーは小学生に多いのではないかと以前の私は思っていました。しかし、実際にはそういうわけではなさそうで、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では20代の男女に増えているような印象があります。

 魚アレルギーの原因となるタンパク質で最も有名なのはパルブアルブミン、次いでコラーゲンです。パルブパルブミンは多くの魚に含まれていますが、魚の種類で含有量に「差」があり、多いことで最も有名なのが赤魚です。「赤魚を食べて蕁麻疹」とくれば真っ先にパルブアルブミンを疑うことになります。

 パルブアルブミンの含有量に差があるなら、少ないものならいいのか、という疑問が出てきます。たしかにある程度はその通りなのですが、では「少ない魚はどれか」「どの程度少なければ食べられるのか」ということを考えなければならずこれが大変です。経験的にもデータ上でもマグロが原因のパルブアルブミンアレルギーはほとんどないとされていて(ちなみにアニサキスアレルギーもマグロには起こりにくい)、これはいいのですが、じゃあ他の魚は、となると信頼できるリストのようなものが(私の知る限り現時点では)ありません。
 
 それに、アレルギーの基本として、アレルギーの程度が強くなればわずかなアレルゲンにも反応するようになってきます。そして、アレルゲンを摂取すればするほどアレルギーの程度が強くなってきます。ならば、それを防ぐために早い段階ですべての魚を禁止すべきか、という議論がでてきます。ですから、パルブアルブミンアレルギーの患者さんにどの程度魚を禁止してもらうかについてはいつも悩まされます。問題はまだあります。パルブミンは白あんにも含まれているのです。つまり、パルブアルブミンアレルギーになってしまえば、白あんを含む食べ物も食べられなくなってしまうのです。

 パルブアルブミン以外の魚アレルギーの原因としてコラーゲンが有名です。コラーゲンは多くの魚に含まれていて、「どの魚を食べてもじんましんがでる」という人はコラーゲンが原因であることが多いと言えます。

 さて、問題は、「なぜ最近になって魚アレルギーが急増しているのか」ということと「魚アレルギーの発症を予防する方法はないのか」ということです。ここからは私見を述べます。

 先述したように、私は自分が診た症例から魚アレルギーは小児に多いと思っていて、その原因として、回転寿司や廉価の寿司屋の普及で子供も寿司を食べる機会が増えたからではないかと考えていました。ところが、最近は20代の男女に多いのです。これは、以前からアレルギーがあって医療機関を始めて受診したのが20代になってから、という意味ではありません。つい最近まで問題なく魚を食べていたのに、ある日突然魚を食べると全身にじんましんが出た、というエピソードなのです。

 そして、実はこういう20代の男女にはある「共通点」があります。その共通点とは、「寿司屋でのアルバイト」です。

 以前のコラム(はやりの病気第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」)で、ビールアレルギーは過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトをしていた人に多いという話をしました。そのアルバイトで、ビールがこぼれて皮膚に触れた、そしてその皮膚には「炎症」があった、という経験をしているのです。

 このサイトを以前から読まれている方にはお馴染みだと思いますが、これは「二重アレルゲン暴露仮説(Dual allergen exposure hypothesis)」で説明できます。詳しくは過去のコラム(たとえば「はやりの病気」第167回(2017年7月)「卵アレルギーを防ぐためのコペルニクス的転回」)の注3をご覧いただきたいのですが、食物は口から入る(食べる)と問題ないが、皮膚から入るとアレルゲンになってしまうというものです。

 つまり、ビールが皮膚の炎症を通して皮下に吸収されるとビールアレルギーになるように、魚の成分(パルブアルブミンやコラーゲン)が皮下に侵入すると魚アレルギーとなってしまうというストーリーが考えられるのです。慣れないビアガーデンでアルバイトをすると、誰もが一度はビールをこぼしてしまうという経験をするでしょう。ですが全員がビールアレルギーになるわけではありません。ビールアレルギーになるのは、初めから皮膚に炎症のある人だけであり、一番多いのはアトピー性皮膚炎など慢性の炎症性疾患を持っている人です。

 魚アレルギーも同様で、やはりアトピーなどで皮膚に炎症があると、そこからパルブミンやコラーゲンが侵入するのです。炎症があると皮膚の「バリア機能」が損なわれ、そこから「招かれざる客」としてアレルゲンが侵入してしまうというわけです。ということは、アトピーがあると寿司屋(や魚屋)でアルバイトをしない方がいいということになります。しかし、このことをあまり強調すると、アトピーや手湿疹のある寿司屋のアルバイトが一斉に辞めてしまい、店舗が回らなくなるかもしれません。また、アルバイトでなく寿司職人のなかにもアトピー性皮膚炎の人はいるでしょうし、冷たい水を常に使うわけですから手指に湿疹があるという人も大勢いるに違いありません。

 最近は寿司屋の店舗数が随分と増えているように思います。私が子供の頃は、寿司というのは「超」が付くほどの高級品であり、めったに食べられるものではありませんでした。何かの祝い事のときに親戚が集まって食べるものというイメージです。18歳になって大阪に出てきたとき、大阪にはこんなにも寿司屋が多く、しかも値段が安いことに驚きました。何しろおなかいっぱい食べても一人2千円くらいで済むのです。しかし、昭和の終わりのこの頃も、現在のような大型の回転寿司はほとんどなかったはずです。それから、以前は寿司を握るのは熟練の寿司職人であり、何年もの間下積みの修行を重ねねばならず、お客さんの前で寿司を握れるようになるのは十年近くたってからだという話を聞いたことがあります。

 すし屋の店舗数が増え、誰もが気軽に食べられるようになり、さらに寿司屋での仕事が「熟練」を求めなくなった結果、何が起こったか。それは「気軽に始められるアルバイトとしての寿司屋勤務」で、その結果生じたのが「魚アレルギー患者の急増」というわけです。

 もしもあなたが慢性の皮膚疾患をもっているなら、魚を触る仕事やアルバイトは控えた方がいいかもしれません。すでに仕事をしているという人は、しっかりと治療をしてバリア機能を万全の状態にしておく必要があるでしょう。

 「二重アレルゲン暴露仮説」はもはや「仮説」ではなく「真実」ではないのか、というのが私の考えです。ビール、魚以外では、ココナッツアレルギーが増えているという報告もあります。おそらく、ココナッツを含むボディオイルや化粧品を使った結果ではないでしょうか。

 我々は「茶のしずく石鹸」から学んだ経験を忘れてはいけません。

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第183回(2018年11月) 誤解だらけのインフルエンザ~ゾフルーザは時期尚早~

 私が早く開業をしたいと思った理由のひとつが「正しいことを伝えたい」ということです。これだけ情報化社会が発達しても、医学部で習う基本的なことが世間では誤解されていて、しかもテレビのパーソナリティや近所のおばちゃんの言っていることが正しいと信じ、医療者が言うことを信用しないひとが今も多数います。勤務医時代にこのことを不思議に感じた私は「医師の伝え方がまずいのではないか」と思うようになり、「ならば自分が今までにないやり方で正しい事を伝えようではないか」と考えたのです。

 もちろん現代の医学は万能からは程遠く、分からないことがたくさんあり、また有効な治療法がない疾患もあります。基礎的な理論ですら、後になって間違っていたことが判った、ということもあります。ですから、医師の言っていることがいつも正しいということはありません。ただ、我々医師は分からないことが多数ある、という前提でいつも医学を考えています。

 前置きが長くなりましたが、今回はインフルエンザの話です。太融寺町谷口医院がオープンしたのは2007年1月で、ちょうどインフルエンザが流行している時期でした。開業した最初の3ヶ月くらいはまだ今のように混雑しておらず、ある程度時間をとって話すことができました。そのため、罹患した患者さんにはそれなりに時間を確保して、インフルエンザの正しい知識を伝えることに努めました。

 先に「医学は万能ではなく分からないことが多数ある」と述べましたが、インフルエンザについては、現在分かっていることもたくさんあります。その後新たに登場した薬のことも含めて、私が12年間言い続けていることでいまだに誤解が多いものをいくつか紹介したいと思います。

・抗インフルエンザ薬にはタミフル(一般名はオセルタミビル)などがある。服薬することにより少し(具体的には1日からせいぜい2日)治癒するまでの期間が短くなる。

・インフルエンザに罹患したからといって必ずしも抗インフルエンザ薬は必要ない。健常な成人であれば高熱と倦怠感で苦しめられていても数日間寝ていれば治る。

・インフルエンザに最も有効な対処法はワクチンであり、原則としてすべての人に推薦される(ただし妊娠中の女性には慎重に、という意見は2009年までは確かにありました)。

・インフルエンザのワクチンは接種しても感染する。目的は、①感染の可能性が低下する、に加え、②感染しても重症化が防げる、と、③他人へ感染させるリスクを下げる、であり、③が最も重要。

 他には、インフルエンザの検査は必ずしも勧められない、インフルエンザの可能性があればアスピリンやボルタレンなどの鎮痛剤はNG(飲んでいいのはアセトアミノフェンのみ)、学生の場合は学校保健安全法により出席ができない(が、会社員は会社が決める)、飛行機には乗れない場合がある(航空会社が決める)、治癒証明書は不要(厚労省も指針を表明しています)、予防薬は例外を除けば使うべきでない、といったことも多くの患者さんに説明してきました。

 それらをここですべて説明する余裕はありませんが、インフルエンザという疾患は他の病気に比べて「誤解」が非常に多いのは間違いありません。そして、今年は新薬の「ゾフルーザ」(一般名はバロキサビルマルボキシル)に伴う「新たな誤解」が早くも流布しています。実際、すでに診察室でも患者さんから誤った意見を聞いています。その誤解を解いていきましょう。

 まず、そもそもなぜ人は誤解をするかというと、間違った情報が流れているからです。悪意のあるフェイクニュースでなくとも、きちんと検証されたわけではない情報が飛び交っている結果、誤解が誤解を生んでいるのです。ゾフルーザに伴う具体的な「誤解」を紹介しましょう。

【誤解1】ゾフルーザは従来の抗インフルエンザ薬(タミフル、イナビル、リレンザ、ラピアクタ)よりも、よく効いて早く治る

【誤解2】ゾフルーザの副作用は抗インフルエンザ薬のなかで最も少ない。他の薬より早く効いて副作用が最小なのだから、近いうちに他の抗インフルエンザ薬はなくなる。

【誤解3】ワクチンをうつよりも、インフルエンザが流行りだせばゾフルーザを1回飲む方がいい。

 順にみていきましょう。【誤解1】については大手メディアでさえもそのように報じています。たしかに作用機序から考えて、従来の抗インフルエンザ薬に比べるとゾフルーザが早く効く可能性があり、そのような研究もあります。ですが、研究にはエビデンス(科学的確証)がなければなりません。ゾフルーザが市場に登場したのは2018年3月で、このときには信頼できるデータがありませんでした。他の抗インフルエンザ薬との比較に関する信ぴょう性の高い論文はようやく2018年9月に登場しました。

 医学誌『New England Journal of Medicine』2018年9月6日号に「成人患者と10代患者を対象とした合併症のないインフルエンザに対するゾフルーザ」というタイトルの論文が掲載されました。『New England Journal of Medicine』は世界で最も信頼できる医学誌のひとつであり、エビデンスレベルの高いものしか掲載されません。この論文によれば、ゾフルーザにより症状を1日短くしますが、これはタミフルと同様です。

 つまり、きちんと検証した結果、「ゾフルーザでもタミフルなど他の抗インフルエンザ薬でも治るまでの期間は変わらない」ことが判ったのです。ゾフルーザは1回飲むだけだから簡単という声もありますが、それならば1回吸うだけのイナビルと差がありません。ただし、同論文によれば、ウイルスが検出される期間はタミフルよりも2~3日短くなっています。これは他人への感染リスクを下げますからゾフルーザの大きな利点となります(しかし、この点を強調した一般のメディアによる報道を私はいまだに見ていません)。

 次いで【誤解2】をみていきましょう。安全性については、たしかにこの論文で「有意差をもってタミフルよりも副作用が少なかった」とされています。ですが、安全性についてこの時点で断言するのは時期尚早です。なぜなら、基本的にこの研究も含めてこれまでゾフルーザは健常人を対象にした調査しかされていないからです。我々が知りたいのは、例えば抗がん剤を服用しているとか、腎機能が低下しているとか、ステロイドを飲んでいるとか、そういった人たちに対する副作用です。ですから、この時点でゾフルーザが安全と断言するのは危険です。

 【誤解3】は論外です。このような飲み方を勧める医師は(おそらく)世界中に一人もいません。抗インフルエンザ薬の予防投与は例外的に認められていますが(参照:インフルエンザの薬の予防投与はできますか。)、ゾフルーザの予防投与は有効性・安全性が確立されていません。

 予防にゾフルーザを用いるべきでないはっきりとした理由があります。そしてこの理由が、我々がゾフルーザを治療にも積極的に使用しない最大の理由のひとつであり、先述の論文が明らかにしました。それは「約1割にウイルスの遺伝子変異がみつかり、ウイルス排出期間が長引き治癒が遷延した」ということです。分かりやすく言えば「使用者の1割はゾフルーザを飲むことでゾフルーザが効かなくなり治るのに時間がかかる。さらに、その効きにくくなったウイルスが周囲にばらまかれることになり、いずれゾフルーザが無効なインフルエンザが蔓延する可能性がある」ということです。

 つまり、我々医療者はゾフルーザに期待はしていますが、どうしても必要な症例に適応を絞ることを考えているのです。むやみに使うと、いざというときに効かないウイルスだらけになってしまっている可能性があるからです。

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第182回(2018年10月) 糖質制限食の行方 その3

 久しぶりに糖質制限の話をしたいと思います。「糖質制限食の行方 その1」「 糖質制限食の行方 その2」を公開したのがそれぞれ2012年7月、2013年2月ですから、マンスリーのコラムというかたちでは5年8か月ぶりということになります。

 その後世界中でいろんな議論がおこなわれ、今も糖質制限は医学界で最も物議をかもしているトピックスのひとつです。医師のなかにも賛成派、反対派がいて、ときに激しい論争となることもあります。以前、私はある学会で賛成派と反対派の非常に激しい応戦を見て辟易としたことがあります。

 さて、5年8か月の流れをざっと(私見を入れながら)振り返ってみたいと思います。

 まず、日本糖尿病学会の見解としては、実は「その2」を公開した2013年2月からほとんど変わっていません。「その2」では、2013年1月に開催された第16回日本病態栄養学会年次学術集会で日本糖尿病学会が「糖質制限を勧めない。今後の検討課題とする」というようなコメントをしたことを紹介しました。

 実際、2013年3月に同学会は「炭水化物を極端に制限して減量を図ることは、効果そのものや、長期的な食事療法としての遵守性や安全性などを担保するエビデンスが不足しており、現段階では勧められない」と発表しました。つまり、「糖質制限を推奨しない」ことを明言したのです。その後、同学会の会員のなかにも糖質制限を患者に勧めるという医師が増えてきていますが、学会全体としては依然従来の方針を変えていません。

 一方、推奨派の医師たちは日本を含め世界中の研究で糖質制限の有効性は証明されてきていると主張します。最もよく引き合いに出される研究のひとつに「DIRECT試験(Dietary Intervention Randomized Controlled Trial)」というものがあります。この研究は一流の医学誌「New England Journal of Medicine」に2008年掲載された非常に有名なものなので簡単に振り返っておきましょう。
 
・研究の対象者:肥満か糖尿病のある合計322人。正確には「40~65歳でBMI27kg/m2以上」または「2型糖尿病または冠動脈疾患を有する」に当てはまる男女。

・研究期間:2005年7月~2007年6月の2年間

・方法:対象者を「低脂肪食」「低炭水化物食」「地中海食」のいずれかに無作為に割り付けてそれらの食事を摂ってもらう

・結果
#1 体重変化
   低脂肪食群:-2.9kg (男性:-3.4kg、女性:-0.1 kg)
   低炭水化物食群:-4.7kg (男性:-4.9kg、女性:-2.4kg) 
   地中海食群:-4.4kg (男性:-4.0kg、女性:-6.2kg)

#2 中性脂肪(TG)
   低脂肪食群:-2.8mg/dL
   低炭水化物食群:-23.7mg/dL
   地中海食群:-21.8mg/dL
   
#3 空腹時血糖及びHbA1C:全群で低下。群の間に有意差なし。

 糖質制限推奨派の多くの医師は、この研究を引き合いに出して糖質制限の有効性を主張します。体重も中性脂肪も明らかな有意差を持って、低炭水化物(と地中海食)が低脂肪食よりも有効だからです。

 最近発表された糖質制限を危険とする研究を紹介します。2018年8月16日、著名な医学誌「The Lancet Public Health」に掲載された論文です。実は、糖質制限の危険性を指摘する研究は過去に何度も発表されているのですが(先述の「糖質制限食の行方 その1」「 糖質制限食の行方 その2」参照)、この論文は大規模であることに加え、結果がクリアカットに糖質制限を否定するものであったことから、(おそらく日本も含めて)世界中の医療系メディアが報道し話題となりました。この研究を簡単にまとめてみましょう。

・研究の対象者:15,428人(45~64歳の米国人の男女)
・研究期間:約25年間。その間に6,283人が死亡

 結果は、興味深いことに、炭水化物の摂取量と平均余命の間に「U字形の関連性」を認めました。つまり、炭水化物(≒糖質)摂取量が少ない人(炭水化物からの摂取カロリーが全体の40%未満)と、多い人(炭水化物から70%以上)は、中程度の摂取の人(50~55%)の人と比較して、死亡リスクが高かったのです。

 これまでの糖質制限を否定する研究でも大規模のものはありましたが、この研究が注目されているのは、これほどまでにはっきりと糖質制限の危険性を示したものはおそらく他にはないからです。

 ただし、この研究をそのまま受け止めるには少し問題があります。たしかに、先に述べた糖質制限を肯定する2008年の研究は対象者が"わずか"322人で、この糖質制限をはっきりと否定した研究の対象者は15,428人と約50倍もの差があります。ですが、統計学を勉強したことがある人には自明だと思いますが、前者の研究は「前向き研究」で後者は「後向き研究」です。つまり、統計学的な信ぴょう性は前者の研究の方が遥かに高いのです。

 どういうことかと言えば、後者の、つまり糖質制限を否定する研究では、対象者がそれまでに食べてきたものを思い出して記録します。そこにはいくらかの「恣意性」が介入してしまいます。研究者にもいくらかの恣意が入っている可能性を否定できないでしょうし、例えば対象者が糖質制限否定派だったとしたら「自分は健康で長生きしているから糖質を適度に摂取しているに違いない」と思い込んでいる可能性があります。この可能性が過去に食べたものを思い出すのに影響するのです。

 それから、この研究の「欠点」を挙げるとすれば、糖質の分類がおこなわれていないことです。例えば、ケーキ、ドーナツ、ポテトチップス、ラーメン、ハンバーガーとフレンチフライ、などは誰が見ても健康に良くない糖質ですが、リンゴやオレンジなどのフルーツ、あるいはヤマイモやニンジンはどうでしょう。やはり、これらはきちんと分類して検討すべきです。

 一方、糖質制限賛成派がよく言う「糖質以外なら何を食べてもいい」という考えも危険です。私がきちんと調べたわけではありませんが、糖質制限賛成派で自らも糖質制限で大きく減量に成功したジャーナリストの桐山秀樹が心筋梗塞で亡くなったのは、糖質制限のおかげで血糖値は正常だったものの、LDLコレステロールが高値だったという噂があります。LDLは心筋梗塞の最大のリスク要因のひとつです。

 実は、糖質制限を開始し体重と血糖値は改善したもののLDLがかえって上昇したという人は太融寺町谷口医院の患者さんにも少なくありません。LDLは薬で下げればいい、と簡単に考えている人もいますが、やはり食事のバランスは大切です。糖質制限を含め、食事療法を実践する場合、日々の血圧測定や定期的な血液検査なども不可欠となります。監督する者がいない状況での糖質制限はやはり危険と考えるべきでしょう。

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